「アーティストを辞めてアスリートになる」東京国立博物館「横尾忠則 寒山百得」展の新作101点はいかにして生まれたのか?
「寒山拾得」シリーズは、コロナ禍を挟む3年にわたって制作された。パンデミックのあいだ横尾は、寒山拾得が達した脱俗の境地のように、俗世から離れたアトリエで創作活動に勤しんでいたという。作品にはそれぞれ、描かれた日付がタイトルに付され、会場では基本的にこの順序に沿って展示されるという。
報道発表会で最初に登壇した同館の松嶋雅人は、「自由」「縦横無尽」「ワクワク」といった言葉をたびたび使って本展を説明した。なるほど、今回公開された図版を見るだけでも、その型にはまらない自由な描きぶりが見て取れる。
横尾が描く寒山と拾得は、ときにドン・キホーテや女性の姿で描かれていたり、キュビズムのように幾何学的図形に還元されていたりと、まさに百変化。
「寒山と拾得のふたりは、伝統的に怪しげに笑う表情の絵が多い。寒山は手に巻物を持ち、拾得がほうきを持つ姿が定番的な表現です。ふたりが実在したかは定かではありませんが、後世の人々はその脱俗的な振る舞いや生活に憧れてきました。日本でも室町時代以降、数多く描かれ、近代以降は森鴎外や夏目漱石ら文学者たちにも取り上げられ、強い憧憬が向けられました」(松嶋)
横尾はこうした寒山拾得を独自に解釈し、様々な造形を生み出しながら新たな寒山拾得像を切り開いている。時に寒山の巻物はトイレットペーパーに置き換わったりと、心をくすぐるユーモアも楽しい。
個性的な101点だが、そこには連続性もあるという。
「これらの作品には、同じモチーフが連鎖していく様子も見られます。かたちがシークエンスをつくり、作品がつながっていきます」(松嶋)
面白い例は、《2022-11-03》。こうした幾何学的な形態でふたりが描かれた作品について、横尾からは「AI」や「ロボット」という言葉があったという。そして足元を見ると、サッカーボールらしきものがあるのがわかるだろう。「日付からおわかりのように、この時期はちょうどサッカーワールドカップが開催されていました」(松嶋)。その時々の横尾の意識が反映された、どこか日記的な側面もあるのかもしれない。
さらに《2022-12-01》にもボールを蹴るような姿が受け継がれているが、このボールはまるで地球のようで、時空を超えた大きなスケールを感じさせる。
さらに幾何学図形を描く姿が《2022-12-29》にも登場。 仙厓(1750~1837)の有名な《○△□ (まるさんかくしかく)》も思わせる。ここでも足元に地球のようなボールが。
《2023-01-15》では、水墨画に描かれた山の稜線が寒山拾得の体になっている。人間が山となる壮大な本作は、人の存在や一般的な概念にとらわれない自由闊達さが魅力だ。
「肩の力を抜いて、自由に、縦横無尽に、常識にとらわれない横尾さんの世界をご覧になってください」と、松嶋は解説を締めくくった。