制度からこぼれ落ちるものへの眼差し。「MOTアニュアル2022」が開幕
本展を担当した学芸員の西川美穂子は企画のコンセプトを次のように説明した。「何かを語るとき、結論に向かっていく傾向がどうしても生まれるが、そうなると本当に言いたいことから離れていってしまう場合がある。そこで取りこぼしてしまうことを、丁寧に汲み取ろうとする試みが本展だ。各作家の関心が過程や実験とともに提示されている。構造の狭間で見えなくなっているものを語り直し、見出していく展覧会を目指した」。
1974年生まれの大久保ありは、自身の夢や経験から派生したフィクションにもとづき、パフォーマンスや印刷物、テキストとオブジェによるインスタレーションなどを発表してきた。本展で大久保は、自身の過去作品の編纂を試みている。選ばれた13作品は、細かく切り刻まれ、ときに組み合わされ、新しい物語をインスタレーションとしてつむぐ。
しかし、ここで展示されている作品やオブジェは、必ずしも過去に展示されたものではない。大久保が過去の自身の作品を思い出しながら、言葉とものを選択することで、新たな物語が発展していくことを志向している。
会場では中央に配置された、東京都現代美術館の壁を模した柱が象徴的だ。外壁の姿をしながらも、展示室内に置かれたこの柱を、大久保は内外を揺さぶる存在と位置づける。会場で展示された作品の断片を、回廊状の展示室をたどりながら来場者がつなぎあわせることで、大久保が試みてきた物語をつくるうえでのフィクションと現実の行き来を追体験することとなる。
1977年生まれの工藤春香は、絵画制作のほかリサーチ・コレクティヴの「ひととひと」メンバーとしても活動してきた。本展で工藤は、相模原障害者施設殺傷事件を出発点に、優生政策の歴史や障害者による当事者運動についてのリサーチから、制度や構造よりこぼれ落ちた人々の声に耳を傾ける。
2016年に津久井やまゆり園で起きた相模原障害者施設殺傷事件。その1ヶ月後に出産をした工藤は、子供が健康に生まれてきてほしいという思いを自然に抱いた自分の差別的ともいえる意識に向き合うこととなった。
展示の中心に据えられているのは、S字型の年表だ。この年表は、片面が旧優生保護法を中心とした障害に関する制作・制度・法律等をまとめた年表、もう片面が障害者の当事者運動をまとめた年表となっている。当事者が制度に対して声を上げ、制度を変えていった歴史を表裏としてとらえることができる。
工藤は障害者施設を出て自立生活を始めた人々の目線にも着目する。目の前の景色は同じでも、見えているものは人それぞれ違うという当たり前の事実を、津久井やまゆり園の被害者で現在は自立生活をする尾野氏の部屋のインスタレーションなどから探っていく。
また、事件現場となった相模湖の歴史にも工藤は視線を送っている。人造湖として横浜や川崎といった都市部に水や電力を供給する相模湖だが、津久井やまゆり園はこうした都市部から障害者を移動させて住まわせる施設であったともいえる。こうした歴史が排除してきたもについても展示には反映されている。
1986年生まれの高川和也は、言葉が人の心理に与える影響に関心を持ち、映像作品をつくってきた。
本展で展示されている映像作品《そのリズムに乗せて》(2022)は、「言葉」が意味であると同時に音でもあるということから発想した作品。かつて高川自身が書いていた日記の文章に音に載せることで、何が変わっていったのかを追う作品だ。
ラッパーであり詩人のFUNIの力を借りて日記のラップ化を試みた高川は、言葉にビートや韻といった形式を与えることで、音としての言葉の側面が強調される心地よさを発見した。言葉が次第に開放され、力強さを獲得していくその過程は、ぜひ上映で見届けてほしい。
良知暁は1980年生まれで、とくに投票制度にまつわるリサーチにもとづく作品制作や、歩行や質問など日常の行為を通した芸術実践を行ってきた。
今回、良知は白人が有色人種に投票権を与えないために行っていた、識字テストに着目。有色人種を落とすための差別的なテストだが、その差別的な文脈においてクリエイティビティが発揮されていることに気がついた良知は、長い時間をかけてその歴史に向き合うこととなった。
良知は同じく日本で関東大震災の際に起きた、正しいとされる日本語の発音ができない者を暴動や反乱の因子として虐殺した負の歴史にも触れる。こうした読み書きや発音の差異が識別の記号として作用することの違和感に向き合い、光らないネオン管の文字や止まったままの時計、冊子やメッセージ入りのハガキを展示した。
アプローチは異なるが、4作家それぞれが自身の感じた違和感や、潜在的な意識を問う本展。個々の問いと向き合ったあとで振り返れば、鑑賞者もより広い視野でこぼれ落ちるものに目を向けられるようになっているはずだ。