プロテストするレズビアンの美術【前編】世紀転換期の女性同性愛表象を読み返す
たとえばマリー・ローランサン(1883~1956)の絵画がそうだ。ローランサンの絵画は日本でも愛好され、数年前まではローランサン専門の美術館さえ存在した。もし、ローランサンの名前を検索サイトに入れて画像検索をしてみれば、《接吻》(1927)と題された作品が検索結果にたくさん出てくるのが目に入るはずだ。
緑とグレーの曖昧な背景にふたりの女性が描かれたこの作品は、女性が女性の頬にキスしようとする瞬間を描いている。明らかに女性の同性愛的欲望を示すこうした作品にもかかわらず、ローランサンは男性詩人のアポリネールとの恋ばかりが語られてきた。
ローランサンもローランサンの作品も、ずっと多くの人が知って触れてきたはずだ。けれど彼女の作品の持つ同性愛的な側面には触れられず、異性愛的な彼女の人生の一部だけが拾い上げられる。これは歴史のなかの同性愛を葬るよくある手段のひとつだ。同性愛はあっても、ないことにされてきた。
とはいえ、ローランサンの評価も少しずつ変わり始めている。アメリカのバーンズ・コレクションでは2023年10月から、「Marie Laurencin: Sapphic Paris」が開催される。サフィック(Sapphic)は当時のレズビアンを指す用語で、この展覧会ではローランサンによる「サフィック・モダニティの視覚化が、いかに繊細にそして大胆にすでに存在するモダン・ヨーロッパ・アートの語りに挑戦したかを検証する」のだという。
ローランサンはナタリー・クロフォード・バーニーやガートルード・スタインといったレズビアンの作家のコミュニティにも出入りしていた。彼女の人生のクィアな側面や、そこから広がるクィアな当時のコミュニティの検証は、間違いなくすでに存在する物語に挑戦するものになるだろう(もっともそれは、その物語が異性愛的なものであることも暗に意味している)。