アートを通じてルーツに思いを馳せる旅。「ROOTS & ARTS SHIRAOI 2022-白老文化芸術共創-」を訪ねて
2022-白老文化芸術共創-」が開催中だ。会期は10月10日まで。
白老駅に向かう車窓から樽前山などの山々や牧場が見える。2020年、ポロト湖畔に開館した「ウポポイ」(民族共生象徴空間)をはじめ、アイヌ文化にも触れることができる北海道の白老町。同町各所にある「ROOTS & ARTS SHIRAOI
2022-白老文化芸術共創-」の会場は大きく3つのエリアに分けた、22会場で展示されている。白老駅を起点としたまちなかの「白老エリア」。入植と鉱山開発で発展しながらも現在は住む人のいない「森野エリア」。そして、江戸時代からサケ漁が行われ、アイヌの伝承・伝説が多く残り、現在は数多くの温泉施設がある「竹浦・虎杖浜エリア」だ。実際には白老駅から作品数が最多の「白老エリア」から巡ることになろうが、本展の「ルーツとアーツの出会い」「共創」において象徴的な「森野エリア」から紹介したい。
ものづくりのルーツに触れる、100人以上でつくった野焼きの土面─森野エリア
かつてホロケナシ(アイヌ語で大きな川端の木原)と呼ばれた森野地区。閉校した旧森野小中学校の野外に200点を超える土面が並ぶ。洞爺湖を拠点に活動する学び舎「野生の学舎」を主宰する新井祥也を中心として、子供からお年寄りまで100人を超える町民とともに、縄文時代からの技法「野焼き」に初挑戦したものだ。
「白老の陶芸家・吉田南岳さんの指南で、森野の河川の地層から粘土を採掘し、焼き物用の粘土づくりから始めたんです。町民の皆さんには、粘土がどんな顔になりたがっているか、粘土と対話するようにかたちをつくっていただきました。野焼きでは、最初は割れてしまうなど試行錯誤でしたが、6時間くらい火を囲んでみんなで話したことも大切な時間になりました」(新井)。
福井県出身の新井は、自転車旅行の途中でアイヌ文化や人類の古層にある表現に関心を持ち、洞爺湖に移住。2020年から「まねび─学び」の原点に還り、多様な視点が混ざり合う協働や集合的記憶が育まれる場として「野生の学舎」を営んでいる。今回は、土と仮面による根源的な表現を通じて、自然や人との関わりから生み出されるものづくりのルーツを感じたという。土面は、会期中も増えていく予定だ。
アーティストたちによるさまざまなアプローチ─白老エリア
若い頃、知里幸恵の『アイヌ神謡集』と知里真志保の『アイヌ民譚集』を読み、北海道に関心を持っていたという京都在住の青木陵子+伊藤存。喫茶「休養林」の隣に、青木のドローイングや、海岸の砂から着想したという伊藤の刺繍作品を展示している。併せて、ふたりが「スケール感や自分の尺度が入れ替わるような感覚を覚えた」という店主・相吉正亮氏がつくった古生代のとんぼ、カジキマグロ漁のモリ、台所の神様のスプーンといった3点の木彫も展示されている。
ふたりはもう1ヶ所、現在は廃品を分解・処理・保存する場として使われている旧堀岡鉄工所でもインスタレーションを展示している。登別の「アフンルパル」(あの世の入口)と呼ばれる、役目を終えたものの霊を天上界に返す「送りの場」と、本来の役目を終えたものの集積所が頭のなかでつながり、青木は絵を描く際に出るゴミともいえないものたちに、伊藤は家で保管していて虫食いや汚れがついた刺繍作品に手を加えて再生。その場に残るものたちのあいだに設置した。
同じ鉄工所の奥では、梅田哲也もインスタレーションを展開。廃業したガソリンスタンドから譲り受けた「ガラス玉」に光が反射し屈折する。
梅田は「札幌国際芸術祭2017」で実現しなかったプロジェクトを準備していたが、再びプランの実現が困難になり、4日前に会場が決まったそうだ。「場所」から着想する普段通りの制作ができないため、「それまで調べてきたものを一旦捨て、人やものにまっさらな気持ちで出会い、ここにあったもの、いただいたりお借りしたりしたものに反射神経で反応していくように切り替えて制作した」という。さらに「跨ぐ」「慎重に歩く」といった環境によって動かされる観客も作品の一部となる。「導線の振付」も含めた空間を体感したい。
白老名物のアンテナショップだった「旧しらおい発掘堂」では、鈴木ヒラクとRekpo(レㇰポ:アイヌの伝統歌「ウポポ」の伝承と再生をテーマとした女性ボーカルグループ「マレウレウ」のメンバー)とのライブセッション映像を上映。レㇰポがムックリ(竹製の口琴)を即興で演奏し、鈴木が紙の上に拾った貝や石を転がしたり、マーカーや枝などで線を描いたりする手元を、書画カメラが撮影しプロジェクターで投影する。音楽とドローイングとの対話を一発録りしたドキュメントだ。
壁には、鈴木が北海道の旅で撮った洞窟壁画などの写真も展示。宮城県生まれの鈴木は幼少期から考古学に興味を持っていたという。人はなぜ絵を描くのかをテーマに、ストーンサークルやアボリジ二文化を訪ね、2014年に帰国後は東北~北海道の縄文文化圏を旅する。2004年にアイヌの音楽家・安東ウメ子のライブに感動し、その安東に学び、複数の声を受け継ぐレㇰポとのセッションができたことも土地の力だと感謝する。今回を機に、これまでの探求や縁といった複数の線がつながり始めているという。
地域の台所として愛される「スーパーくまがい」にカラフルな壁画を描いたのは吉田卓矢。多くの人が使う場所に向けて「現在進行形のルーツ」に描く気持ちで、動物と人が共存する平和な世界、スーパーの食材でもある海の幸・山の幸などを描いた。
スーパーのオーナーの熊谷威二氏は「どんな絵になるのかなと思っていましたが、できあがった作品を見て、何年も前からあったみたいで嬉しく思いました」と笑顔。芸術祭の終了後も残していきたいという。また、吉田は「ファミリー居酒屋
河庄」の奥にある空き店舗の壁面にもドローイングし、2つの壁画の原画展示をhaku hostel+cafe barで行う。
是恒さくらは、7年ほど前からクジラに興味を抱き、2019年から北海道に通い、2021年秋から約半年間、苫小牧に移住してクジラやイルカを観察した。その間、室蘭から勇払(ゆうふつ)まで東西に弧を描くような海岸線の鯨にまつわる語りをリサーチし、数千年前の地層から出土する鯨の骨、漁村の鯨信仰、季節移動するイルカの群れなどと出会った。それらの物語を縫い取った刺繍作品、海辺の日光で染めたサノアノタイプ(青写真)作品を展示。また、7編の短編「ありふれたくじらのかけら」を無料配布している。白老町立図書館、「Cafe結」、しらおい創造空間「蔵」の3会場で、ビーチコーミング(漂着物を収集・観察)するように集めたい。
是恒は「自分が立っている土地でいまは見えなくても、例えば鯨の骨を神様のように祀った小さなほこらがあったと知ると、目の前の景色が違って見える。人間以外の視点を持つと見えてくるのではないか」と提案する。
しらおい創造空間「蔵」では、四辻藍美刺繍展「一本の縄から始まる」と是恒、iruinai(イルイナイ)が参加する企画展「糸と布と物語」が開催。小樽生まれ、東京都国立市育ちのアイヌ刺繍作家、四辻藍美は北海道で初紹介となる。四辻はアイヌ研究家・童画作家である父、四辻一郎が持っていたアイヌ刺繍の美しさが脳裏から離れず、アイヌ民族博物館など北海道の博物館を回りながら技術を習得。伝統を守りながら創造性を発揮している。iruinaiはカナダの先住民族イヌイットの壁掛けを展示。
ほかに、北見を拠点に、薯(いも、馬鈴薯の「薯」)版画に専心した香川軍男(かがわ・ときお)の、アイヌをモチーフとした作品を展示。香川は敬愛する版画家・川上澄生に認められ、2002年、87歳で亡くなる前に個展も開催している。
ものづくりを通してアイヌの伝承に触れる―竹浦・虎杖浜エリア
ものづくりを通してその文化圏を知る、ロンドン在住の曽我英子は、2015年からのフィールドワークにより制作した、アイヌの郷土料理「昆布シト」や鮭の皮でつくる靴「チェㇷ゚ケリ 」などを描いた映像作品をそれぞれ3会場で展示。竹浦駅からほど近い「竹浦物産竹材店向かい倉庫」では、雪で反った竹の伐採からムックリをつくる過程を白老で撮影した作品《根曲り竹》を、週末限定で上映している。
また、札幌在住の大黒淳一は、2016年に役目を終えた「アヨロ鼻燈台」を、高性能LEDレーザーシステムを用いて蘇らせる。オリオン座に関するアイヌの伝承のひとつ、「大鹿を射抜いた伝説の3本の矢」に想を得て、ルーツから過去・現在・未来をつなげる光の矢を夜空に放射する。
かつて海の指標とされていた灯と、口語伝承されてきたアイヌの星の伝説が重なる光のモニュメント。天候や場所によって見え方が変わる一期一会の作品でもあり、地元の人々がたくさん見学に訪れている姿も印象的だった。店頭は9月中の土日・祝日に開催される。
虎杖浜神社には「森と街のがっこう」による太平洋と白老町が見渡せるウッドデッキテラス「存在の記憶」がある。こちらには町内で同時期に開催されている「ウイマㇺ文化芸術プロジェクト2022 歩いて巡る屋外写真展」の「虎杖浜・アヨロ」エリアを見ながらたどり着ける。
プレスツアー後、白老アイヌ工芸グループの展示が始まった。今後、石川大峰による、白老に住む子供の数を光の球で視覚化するイルミネーション作品や、町内5ヶ所をリヤカーで巡るおたのしみ劇場ガウチョスによる人形劇も加わる。
全体を通じて、白老町の人の豊かさが共創に一役買っていることを思った。それと同時に、ときには人間以外の眼を想像し、人間も大きな世界の一部として見ることが、未来に向けて生きる指針になるのではないかと感じた。北海道の土地のスケール感を体感し、視野を広げる旅に出てみてはいかがだろうか?