千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、ルーマニア語の小説家になった話
本書には英米文学の翻訳で知られ、軽妙洒脱なエッセイの書き手としてもファンの多い岸本佐知子氏が以下のような推薦文を寄せている。
「このコミュ力、この決意、この行動力。史上最強の引きこもりこと鉄腸さんに、ありったけの敬意をささげます」
■「映画痴れ者」──好奇心に誘われた運命
著者である済東鉄腸氏の引きこもり生活は、大学を卒業した2015年から始まり、現在も続いているようである。鬱状態に苛まれ、2021年には腸の難病であるクローン病を患い、治療を続けながら現在に至っている。タイトルに偽りはなく、著者はルーマニアの土地を踏んだこともなければ、そもそも千葉と東京から外に出たことすらほとんどないという。
控えめに見ても順風満帆な半生を歩んだとは言い難い。しかし実家の自室(子供部屋)で葛藤していた著者には強力な武器があった。それは映画と、語学に対する桁外れの情熱である。
元々著者は映画批評のブログを運営しており、雑誌『キネマ旬報』に寄稿するほどの映画マニアだった(著者は自らを「映画痴れ者」と自称している。痴(し)れ者とは「常軌を逸した愚か者、乱暴者。また、その事にのめり込んで心を奪われている人」のこと)。同時に筋金入りの語学オタクであり、実際にルーマニア語の他に英語とイタリア語を習得している。そんな著者が取り分けルーマニア語に惹かれたのは、あるルーマニア映画がきっかけだったという。つまり、著者の運命は自身の好奇心と強く結びついていたのだ。
しかし日本での独学には限界があった。そもそも日本ではルーマニア語のテキストがほとんど出版されておらず、学習の環境が整っていないのだ。
そこで著者はDeepLによる翻訳、加えてネットフリックスの活用を思いつく。ネットフリックスではルーマニア映画が観られるだけではなく、多くの作品にルーマニア語の字幕を表示させることができる。
こういった努力で著者はルーマニア語学習を続けるが、それでも千葉からルーマニアを十分に理解するには(そして、ルーマニア語で小説を書くには)不足していると感じたようだ。特に問題となったのは生きたルーマニア語……現在の生活に溶け込んだ言葉遣いや言い回しの習得だった。