米紙の疑問「なぜ日本には架空の世界の生き物がこれほど存在するのか?」
日本の小学生なら誰でも河童を知っている。頭にギザギザ模様のついた、カエルやカメのような妖怪だ。油断していると川に引きずり込まれ、溺れる羽目になるかもしれない。真っ赤な顔と長い鼻がトレードマークの天狗は、森の奥深くに潜んでいる。タヌキは、魔力を使えるアライグマみたいな動物で、道で出くわすと化かされるかもしれないので、要注意だ。
こうした、いたずら好きで、ときに恐ろしくもなる、日本の昔話に登場する化け物は、まとめて「妖怪」と呼ばれている。かつては、夜中の物音や消えた食料、雨風による家屋の損壊といった怪現象を説明する役割を担っていた。今では、日本人の共有する文化遺産として、童話や漫画、広告、テレビ、映画など、あらゆる場面に登場している。
しかし、日本の妖怪の真にユニークなところは、古典的な伝説の中に閉じ込めらているわけでも、数少ないおなじみのキャラクターに限定されているわけでもないことだ。それどころか、各世代が続々と新たな妖怪を生み出しており、その多くは日本人の無意識に宿る現代的な不安を表している。
この神話的生き物たちの無限の広がりが色濃く残されているのが、瀬戸内海に浮かぶ小さな島、小豆島だ。そこでは住民たちが「妖怪造形大賞」というコンテストを開催し、「想像力を自由に羽ばたかせ、今の時代にふさわしい新たな妖怪を創造してほしい」と作品の応募を募っている。
この3月に開催された妖怪造形大賞の受賞作のひとつは、青い毛に覆われ、目の中に真っ赤なハート印が光っている妖怪だ。作者の中道莉花(作家名「一花」)は、「SNSで承認欲求を満たしたいという、現代的な強迫観念を形にしました」と話す。
過去の応募作品は島の美術館に収蔵されているが、その中のひとつ、歯の生えたハイヒールの妖怪は、日本企業の雇用主に女性社員へのハイヒール着用の強制をやめさせようと訴えた最近の運動を彷彿とさせた。
長い舌を持つトカゲの妖怪は、携帯電話に没頭している地下鉄の乗客の顔を舐めとっている。
架空の世界に生きる民族色豊かな生き物は多くの文化圏に存在し、騒動や恐怖を引き起こしたり、あるいは単に楽しみを与えてくれる。たとえば、アイルランドの妖精レプラコーン、メキシコの森に住むいたずら好きな妖精アルーシュ、東南アジアの妖怪で女性の生首から臓器がぶら下がった身の毛もよだつ姿のガスーなどだ。人魚や妖精のバリエーションは、それこそ世界中で見つかる。
日本の場合、「創造の精神」が妖怪の特徴として挙げられる。「どんなものでも、たとえ私たちがまだ存在を知らないものでも、妖怪にすることができます」と、京都の国際日本文化研究センターの名誉教授で、文化人類学が専門の小松和彦は言う。小松は『妖怪文化入門』の著者でもある。
「妖怪造形大賞」は今から10年前に創設されたが、今年はコロナの流行以来、初めて3月に開催され、審査員たちも気兼ねなく島に集結し、最優秀作品を選ぶことができた。日本全国のプロのアーティストや愛好家たちから、恐ろしくも遊び心のある造形作品が75点集まったが、2013年の初回時の243点からは減少となった。
青色の「いいね!」怪獣のほかに、歯磨きを怠ると口に忍び込む、薄気味悪い緑色の妖怪もファイナリストに選ばれた。ほかに、身体中が漢字に覆われたツチブタみたいな妖怪も最終審査に進んだが、これは「誰もがスマホで音声入力するようになれば日本文化から漢字が消滅してしまうのでは」という、作者の不安を表現している。
「それぞれのアーティストが、自分の考える妖怪についてルールを持っています」と語るのは、地元のアーティストで審査員を務める柳生忠平(46)だ。柳生は地元の名士である父親の義彦(70)とともに、この妖怪コンテストを主催している。「新たな妖怪の創造こそが、このコンテストのキモなんです」と彼は語る。
柳生親子が設立した妖怪美術館には、現在、ギョロりとした目玉、うろこ状の身体、たくさんの脚などの特徴をそなえた900体以上の妖怪が収蔵されている。この美術館は、明治時代の木造建築を改築した4つの建物から成り、島では「迷路のまち」として知られている地区の十字路に位置している。
妖怪造形大賞と妖怪美術館の運営責任者を務める佐藤秀司は、妖怪関連の活動が小豆島の観光ブームに火をつけ、同じく瀬戸内海にあるアートで人気の「直島」に対抗するために一役買うことを願っていると語った。知名度で勝る直島には、草間彌生の代表的な水玉模様のカボチャや、日本人建築家の安藤忠雄が設計したベネッセハウス・ミュージアムなどを目当てに、多くの観光客が訪れる。
小豆島にいると、人目につかない場所に妖怪が潜んでいることが容易に想像できる。海を見下ろす岩壁に埋め込まれた小さな祠は、夜になると姿を現す精霊たちの隠れ家のように見える。樹齢1600年のビャクシンの節くれだった枝々は、まるで炎を吐き出す龍のようだ。