藤井聡太竜王が「一本筋が通った戦法」と評した嬉野流、ハッピーな戦法が広げた将棋の可能性
10年ほど前から、その名が知られるようになった「嬉野流」は、どんな戦法なのか簡単に紹介したい。「人まねはしたくなかった」という嬉野さんが独自路線で初手を探求し、▲6八銀(第1図)に可能性を見いだした。将棋の初手は飛車先を突く▲2六歩、角道を開ける▲7六歩の2通りがほとんどで、振り飛車党だと▲5六歩や▲7八飛という初手もある。ところが、嬉野流は奇想天外な▲6八銀の出だしである。後手に△3四歩と角道を開けられたら、角がタダで取られてしまうので先手は▲7六歩とはできない。どう指すものか。
記者は8年くらい前、インターネット対局をしていた際、対戦相手に初手▲6八銀の嬉野流を指されたことがある。▲6八銀△3四歩▲7九角△8四歩▲7八金△8五歩▲4八銀△8六歩▲同歩△同飛に▲8八歩(第2図)と進行した。先手陣のいびつさ、土下座の▲8八歩に仰天した記憶がある。とはいえ、さすがに第2図の布陣だと、角が窮屈で使いにくく、嬉野流は勝ちにくい戦法ではないかと、私は判断していた。
そんな嬉野流はひそかに進化していた。創始者の嬉野さんの創意工夫や、元奨励会三段でがんとの闘病の末に30歳で亡くなった天野貴元さんが駒組みで趣向を凝らした。初手▲6八銀から△3四歩に対して▲5六歩とし、以下△8四歩▲5七銀△8五歩▲7八金△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛(第3図)という「新嬉野流」が登場した。
奇抜さからは一線を画したこの布陣を藤井竜王は評価し、第3図から「▲7九角と引いて銀を斜めに繰り出し、2筋や3筋を角と銀の協力で攻めていく狙いがあります。一本筋が通った戦法です」と楽しそうに語った。角と銀が一直線の攻めに関係することも勘案し、「一本筋が通った」と藤井竜王はとっさの掛け言葉で表現したのだ。「8筋の守りは弱いので、指しこなすには力がいると思います」と藤井竜王。厳密には有段者向けの戦法といった色合いもあって、嬉野流は奥が深い作戦でもあるようだ。