『一人称単数』を読んだ人は必読! 村上春樹が明かす創作プロセス
──本書は、『職業としての小説家』『走ることについて語るときに僕の語ること』と並んで、あなたの自伝的な本の一冊といえるでしょうか? ここにはあなたの人生の、より私的な側面が描かれているように思えます。
この作品集は、自伝的な要素が大きいように見えるかもしれないが、それは一つの小説的「仕掛け」であって、書かれている内容がそのまま自伝的であるわけではありません。自伝的に見せて、それらしいフィクションを自由にこしらえていくというのが、僕のそもそものプランでした。
いくつかの細部は僕自身の経験から引用したものではあるけれど、実際にあったことよりはフィクションの部分の方が遙かに多い。小説だから。
──短編「石のまくらに」の短歌はどこから生まれたのでしょう? 自身で書かれたのですか?
僕は短歌というものを生まれてから一度も作ったことがなかったのだけど、ある夜、突然(衝動的に)作りたくなって、一時間ほどかけて一ダースばかり短歌をこしらえた。ほとんど無目的に、気まぐれに。そして何ヵ月かあとにそれを読み返してみて、「そうだ、これを使って小説が書けるかもな」と思った。短歌はすべて、自分で作ったものです。
──「クリーム」はカフカ風の文章で始まり、最後は別の何か、物語に明確な教訓を加える何かとなって終わります。短編を書きはじめるとき、あなたはすでに結末を知っているのでしょうか?
短編小説も長編小説も、僕は基本的に結末を知らないまま書き進めていく。そのほうが書いていて面白いから。この「クリーム」は基本的に、通りの曲がり角を曲がったら、そこにはいったい何が待ち構えているのだろう……という物語です。そこで待ち構えているのはもちろん、主人公に「変容」をもたらす何かです。
──この短編は人生の意味についてはっきりと語っています。でも実のところ、ほかの収録作品もみな同じことをしているのではないでしょうか?
この話は僕にとっては「自分というものがまだうまく理解・把握できていないけれど、それでもとにかく前に進んでいくことを余儀なくされている」少年の話です。そういう気持ちは僕にはよくわかる……というか、よく思い出せる。つまりこれは「イニシエーションの物語」と言ってもいいかもしれない。
彼は試され、そして導かれる。
──音楽と書くことは、非常に異なる言語です。でも「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」で、あなたはそのふたつを一つに結び合わせています。そうしようと意図していたのですか?
まずこのタイトルを思いついて、そのタイトルに合った物語を書いた。そういうことを僕はよくやります。内容がわからないまま、タイトルだけをまず思いつく。そういう風にすると想像力がうまく自然に機能するみたいです。
──あなたは書いているあいだ、音楽を聴いていますか? それはどのような音楽でしょう?
僕の場合、小説を書くときには、基本的に静けさが要求されます。だから小説を書くときは音楽はかけない。小説以外のものを書いているときには(たとえば今のような場合は)、よく音楽をかけます。ジャズやロックよりは、クラシック音楽を聴くことが多いかもしれない。
── 一方、『ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles』は、実在するレコードです。 ビートルズの歌『ノルウェイの森』は、あなたの小説の題名にもなっています。ビートルズは、あなたに大変な影響を与えたのではないかと思います。音楽とご自身の関係、それがどのようにご自身に影響を及ぼしたか、考察することはできますか?
1960年代に青春を送った、僕のような世代の人間にとって、ビートルズの音楽は生活の「壁紙」のようなものだった。好きとか嫌いとかいう以前に、それは当然のものとして、無視することのできないものとして、僕らのまわりに存在していた。僕がここで書きたかったのはそういうことです。
──この物語の語り手は、美しく溌剌としていると思っていた女の子たちが歳をとり、今では老齢の女性になっているということに驚愕します。それは、自分自身が歳をとったことよりも、彼を悲しい気持ちにさせるといいます。あなたにも同じようなことが起きたのでしょうか? どこからこのアイデアが生まれたのでしょう?
自分が年を取って変貌することについては、いくらでも言い訳ができるけれど、他人のそれを目にすることによって、言い訳のつかない痛切な事実に直面させられることになります。