日本の国宝:文化財保護と「観光立国」推進のはざまで
2022年12月中旬まで約2カ月にわたり開催された「国宝 東京国立博物館のすべて」は、動員35万人超の大盛況だった。「国宝」とはそもそも何か。その制度と歴史を振り返り、インバウンド推進にも活用される国宝や重要文化財を巡る今後の課題について考察する。
私が勤務する大学がある上野公園には、多くの美術館・博物館が並ぶ。最近では、修学旅行生や、海外からの観光客の姿も再び増え始めている。
インバウンドという言葉が日本の文化政策の中心で使われるようになったのは、コロナ騒動以前のことだった。当時は文化施設への来館者をいかに獲得するかが国の政策課題の中心にあり、解説などの多言語化が一気に進められたことは記憶に新しい。その際、外国人にアピールしやすく特別感を示すのが “National Treasures” の表示である。もちろん、日本人にとっても「国宝」の表示は「ありがたさ」を醸し出し、鑑賞意欲をそそるのだろう。
しかし、欧米のミュージアムを訪ねても「国宝」の表示を見ることはない。少なくとも先進国では表立ってその国が指定した文化財であることをインバウンドのために利用しようとする発想はないと言ってよい。そもそも日本の国宝とはどのような制度の下に指定されるのか。
昭和25(1950)年に公布された「文化財保護法」は、第27条で次のように規定する。「文部科学大臣は、有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定することができる」「文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる」
もちろん、時の大臣が個人的な判断で指定するわけではない。文化庁の調査官がリストアップした指定品候補を、美術や建造物などの各分野の専門家で構成する「文化審議会」で審議し、大臣に答申する制度になっている。そして、毎年少しずつ国宝が増えているのである。