はじめての美術館はどこに行く? 「ミュージアム・マニア」青い日記帳のTakがご案内(六本木編)
では、上野エリアにある常設展が充実しているミュージアムを中心にご案内しました。記事を読まれてお休みの日にちょっと足を運んでみようかなという気分になったとしたら嬉しい限りです。同じ作品であっても観る時間帯やそのときの体調や気分によって感じ方も変わるので、気が向いたときは気軽に行ってみてください。
さて、今回は六本木エリアにある美術館
を巡ってみましょう。国公立館の多かった上野エリアとは対照的に六本木には私立美術館がメインです。これは六本木に限ったことではなく、丸の内、渋谷など都内のほかのエリアでも同じことが言え、国公立の何倍もの私立美術館が数多く点在します。そして同時に常設展ではなくそれぞれの館の独自性を発揮した特別展が中心となります。
現存する日本最古の私立美術館
六本木エリアには現存する日本最古の私立美術館があるのをご存知でしょうか。実業家の大倉喜八郎がいまを遡ること100年以上も前の1917(大正6)年に創設した
大倉集古館がそれに当たります。日本・東洋美術の優品を所蔵し1年に5、6回の企画展や特別展を開催しています。
大倉喜八郎が日本美術を蒐集するのに心血を注いだのには、当時の日本が置かれた状況が大きく影響しています。1853年に鎖国が解かれ西欧との交易が始まると日本国内にあった貴重な美術品が驚くような安い値で海外へ流れていってしまいました。富国強兵を目指す当時、美術品に目を向ける余裕はなかったのです。そうした状況を憂いたのが大倉喜八郎や根津嘉一郎(根津美術館創始者)たちでした。彼らは事業で得たお金で日本美術や仏教美術を積極的に購入したのです。
現在、大倉集古館は「The Okura
Tokyo」(旧ホテルオークラ)の敷地内にあります。白い壁に覆われた展示室(ホワイトキューブ)が一般的な美術館の展示室ですが、大倉集古館は建物の外観や内部もある意味で芸術品と言えます。展示室の柱の上部や階段の動物にも是非注目しながら建物ごと楽しみましょう。
美術館不毛地帯だった六本木エリア
日本でもっとも歴史のある私立美術館があるいっぽうで、2000年以前、六本木は「美術館不毛地帯」でした。そもそも六本木自体、ひとむかし前までアートとはもっとも縁遠い、都内でも歌舞伎町と肩を並べる歓楽街のひとつだったのですからそれも無理はありません。バブル崩壊後に大規模な再開発事業が行われ、六本木ヒルズや東京ミッドタウンが誕生し、街の雰囲気も大きく変わりました。
2003年に六本木ヒルズ森タワー53階に主に現代アートを紹介する森美術館、2007年に東京ミッドタウン内にサントリー美術館や21_21 DESIGN
SIGHT
が矢継ぎ早に開館し、六本木が一気にアートの街へと変貌を遂げたのです。六本木ヒルズや東京ミッドタウンが建つ場所にかつて何があったのかすこし調べるだけで街の成長を感じ取れるはずです。
休館日は火曜日
サントリー美術館と同じ年に国立新美術館
も開館し名実ともにアートの街となった六本木。新たなアートの拠点として、国立新美術館、サントリー美術館、森美術館の3館で「六本木アート・トライアングル」(あとろ)を結成し相互割引などを行っています。そして、地元商店街の協力も得て2009年以降、六本木の街を舞台にした一夜限りのアートの饗宴「六本木アートナイト」も開かれるまでになりました。
通常、月曜日が休館日のところが多いなか、六本木エリアの美術館はその常識を覆し、火曜日をお休みとしている点も注目すべき試みといえます。これまでの慣習にとらわれず新たな取り組みを積極的に取り入れています。開館時間も18時、森美術館に至っては22時まで(火曜日のみ17時まで)開館しており仕事を終えてから展覧会へ行くことも可能となりました。
「月曜日なのでどこも美術館はやってないか……」と肩を落とすことはありません。そんなときこそ六本木エリアは狙い目です。自分も敢えて月曜日に観に行きますが、ほかの日よりも空いていてゆったりと鑑賞できます。「月曜日こそ六本木の美術館へ!」です。
床や壁にも注目!サントリー美術館
東京ミッドタウン
ガレリアの3階、4階に展示室を構えるサントリー美術館は建築家・隈研吾氏の設計により2007年に赤坂見附から移転し開館しました(2020年リニューアル)。主に日本美術を紹介する趣向を凝らした特別展を年に5本程度開催しています。
光に弱い日本美術を展示するため、全体の照度を落としライティングや透過性の高く映り込みのない特製の展示ケースを有する極上の展示室を有しているのが大きな特徴です。ガラスに自分のマスク姿が映り込んでしまっては折角観に来ても感動が薄れてしまいますが、サントリー美術館に限ってはそんな心配は無用です。
また都心のビルのなかにある美術館ですが、館内には桐の木がふんだんに使われとても居心地のよい空間となっています。床もウイスキー樽を再利用した板張りです。また白く淡く光る壁には和紙が貼られており、その数実に2351枚!紙だと長持ちしないように思えますが、開館以来張替えは行っていません。このように和の素材が多く用いられた美術館で日本美術の名品に出会う喜びはほかでは味わうことができないここだけの貴重な体験です。
年間パスポートを活用しよう
サントリー美術館には「サントリー美術館メンバーズクラブ」というとてもお得な年間フリーパスを発行しています。会期中どの展覧会でも会員本人と同伴者が無料で鑑賞できるだけでなく、メンバーズ会員だけの貸切内覧会や学芸員によるレクチャーも受けられます(レクチャーは人数に限りがあります)。特別展の料金は、コロナ禍以降値上げが相次いていますが、「サントリー美術館メンバーズクラブ」は年間6000円で何度でも好きなだけ展覧会を観られるとてもお得なサービスです。
年パスをおススメする理由は金銭的な側面ばかりではありません。どんな特別展であっても観に行くことで自分の興味関心の幅が広がりをみせるのが一番の利点です。食べ物でもそうですが、自分の好きなものばかり食べていたのでは栄養バランス的によくありません。美術鑑賞もそれと同じで、好きな作品ばかりを観ていては視野が広がらないのです。西洋美術にしても日本美術、はたまた焼き物や彫刻にしても、根底ではどれも繋がっているからです。
これは自分の経験からも確かなことで、美術に接し始めたころ、まずは好き嫌いせずに1年間とある美術館に通い詰めたことが美術鑑賞のとても大きな礎となっています。騙されたと思ってどの美術館でも構わないので試してみてください。きっとアートを観る目がぐんと拡がるはずです。
国際的な現代アートの美術館、森美術館
日本国内で標高のもっとも高いところにあるのは長野県にある美ヶ原高原美術館ですが、物理的にもっとも高所にあるのは森美術館です。地上約230メートル(六本木ヒルズ森タワー53階)からの眺望を活かした作品展示も行っており、行くだけでも楽しくなります。森美術館での展覧会は現代アートが中心なので、美術史やアートに詳しくなくても直感的に作品と接することができます。
つねに、大掛かりなインスタレーション作品(展示空間と一体となったそこでしか味わえない作品)が観られるのは森美術館の大きな魅力のひとつと言えるでしょう。平面作品であればタブレットや画集でもそれなりに鑑賞可能ですが、インスタレーションとなるとその場に足を運び、まさに体感しないと素晴らしさを感じ取れません。つい「わぁ!」と声を出してしまうような迫力ある作品に出会える美術館です。
ひとつ下の階(52階)には、森アーツセンターギャラリー
や東京シティビュー(展望台)があり、そこでも様々な特別展を開催しており、一日ゆっくりと時間をかけて過ごすことができる場所です。
ミュージアムカフェそして図書室も活用しよう
最後に、鑑賞の余韻に浸れるカフェやショップを紹介して結びとしましょう。新しい美術館が多いためカフェ等もとても充実しています。
>>「Café 1894」から「NEZUCAFÉ」「HARIO CAFE」まで。都内で行くべきミュージアムカフェ・レストラン10選
こちらの記事で紹介した、泉屋博古館東京の「HARIO
CAFE」は2021年にできたばかりのま新しいカフェで、アクセサリーなどの小物も販売しています。国立新美術館には、ブラッスリー ポール・ボキューズ
ミュゼを筆頭に4店もカフェ、レストランが併設されており、その巨大さを物語っています。
またあまり知られていませんが、国立新美術館の3階には美術に関する専門図書館「アートライブラリー」があり、誰でも無料で利用できます。貸し出しは行っていませんが、展覧会カタログや美術関係書はもちろん、幅広いジャンル(建築・メディアアート・写真・印刷・デザイン)の書籍を取り揃えています。冷暖房も完備され居心地抜群の六本木エリアの穴場的な場所です。
ウェブ版「美術手帖」では全国の美術館・展覧会情報を知ることができます。エリア検索で「すべてのエリア」→「『東京』→『恵比寿・六本木』で絞り込み、興味のある展示がないか探してみましょう。すこしでも琴線に触れそうな展覧会があったら、重い腰をあげて美術館へ出かけてみましょう。