古今東西 かしゆか商店【雛のつるし飾り】
桃の節句といえば、思い浮かぶのはお雛様とお内裏様が並ぶ段飾り。
でも実は、こんなに愛らしい文化が江戸時代から伝わっていたことを、全国を巡るようになって初めて知りました。桃、猿、兎、南天の実。カラフルな布の飾りが、赤い糸でつるされています。
「雛のつるし飾りは、孫や子どもの初節句の際、ひな壇の両脇につるす人形飾りです。健康で幸せにと願いながら、お母さんやおばあちゃんが手作りするんですよ」
と話すのは静岡の伊豆稲取にある〈絹の会〉の森年永さん。ここでは地元の主婦の方たちによる製作を、一年を通して行っています。
「始まりは江戸後期。つるして飾る風習は全国でも珍しく、山形県酒田の “傘福“、福岡県柳川の “さげもん” 、伊豆稲取の “雛のつるし飾り” が三大つるし飾りと呼ばれています。起源はさだかではありませんが、この3か所は、江戸時代に北前船などの廻船が寄港した土地。船乗りを通じて伝わったのかもしれませんね」
昔は子どもが成長するとお正月に焚き上げたため、古い飾りはほとんど残っていないそうですが、戦後には消えかかっていた文化を取り戻そうと研究や製作を始めたのが地元婦人会の方々。1993年、その一員だった森幸枝さんが〈絹の会〉をスタートさせました。
「つるし飾りは先人から託された宝物。100年後もきれいと思ってもらえるものを作りたいんです」
と、この日もさまざまな年代の女性が慣れた手つきで製作中。布を縫い合わせ、ひっくり返して綿を詰めては丁寧に縫い閉じます。
「ひとつひとつに意味があるんですよ。必須アイテムは桃と猿と三角。桃には邪気を退治する霊力があり、猿は厄や難を背負って去ってくれる。三角は強く神聖な龍のウロコを表した形です」
中にはキュートな子どもの人形も。稲取のお祭りの時に奉納する「三番叟(さんばそう)」の舞を形にしたもので、それぞれの衣装も個性的です。