【古典俳諧への招待】君火をたけよき物見せん雪まるげ ― 芭蕉
俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第5回の季題は「雪まるげ」。
きみ火をたけよき物見せん雪まるげ 芭蕉
(1686年作か。『続虚栗(ぞくみなしぐり)』所収)
芭蕉から「きみ」と呼びかけられているのは門人の曽良(そら)です。『おくのほそ道』の旅の同行者としてよく知られています。芭蕉より5歳年下で、身分は武士ですが当時は浪人でした。
別の資料に載る前書(まえがき)には、曽良が近くに住んでいて朝夕互いに行き来していること、食事の用意のために火の支度をしてくれること、芭蕉が茶を煮る夜には訪ねて来ることが述べられています。また、曽良は隠者の志向を持っていて、欲得にとらわれずに芭蕉と仲良くつきあっているとあります。
その曽良がある夜、雪降る中を芭蕉庵にやって来てくれたので、としてこの句が掲げられています。前書を踏まえるなら、「きみ火をたけ」とは「今夜の雪の風情を一緒に味わいたいので、茶を煮るための火を焚(た)いてくれ」と曽良に求めているものと思われます。
そして芭蕉は、「良いものを見せてあげよう」と言いながら「雪まるげ」(雪の玉)を作り、曽良へのもてなしとしたのでした。気兼ねのないさっぱりした心の交流を詠んだ発句(ほっく)ですが、同時に「火を焚いたら雪の玉は溶けちゃうけどね」という軽い笑いの要素を含んでもいるのでしょう。
深沢 眞二
日本古典文学研究者。連歌俳諧や芭蕉を主な研究対象としている。1960年、山梨県甲府市生まれ。京都大学大学院文学部博士課程単位取得退学。博士(文学)。元・和光大学表現学部教授。著書に『風雅と笑い 芭蕉叢考』(清文堂出版、2004年)、『旅する俳諧師 芭蕉叢考 二』(同、2015年)、『連句の教室 ことばを付けて遊ぶ』(平凡社、2013年)、『芭蕉のあそび』(岩波書店、2022年)など。深沢了子氏との共著に『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 春夏編・秋冬編』(三弥井書店、2016年)、『宗因先生こんにちは:夫婦で「宗因千句」注釈(上)』(和泉書院、2019年)など。