【メタバースの今】最先端の学びの場に多様性を。東京大学メタバース工学部が目指す未来図
2022年夏、東京大学が「メタバース工学部」の設立を発表した。字面だけを見ると、未来におけるメタバースの有用性を見据え、戦略的に「メタバースの構築や運営に不可欠になるであろうXR(クロスリアリティ)、3DCG、人工知能といった先端技術を体系的に教えていく場を(東京大学工学部がある)本郷キャンパス内に作った」とも取れるが、実はそうではない。そもそもメタバース工学部の“学生”は東大生ではなく社会人と中高生で、彼・彼女たちに対し、東大が培ってきたハイレベルな知のアセットを体験してもらう「新しい学び場」として仮想空間を活用するのが、メタバース工学部の基本コンセプトだ。同学部の設立経緯を、工学部長の染谷隆夫教授はこう語る。
「感染症の問題、気候変動による自然災害の大規模化、ロシアのウクライナ侵攻に伴う食糧やエネルギー等の価格高騰。そうした課題に対し、大学が持っている無形の知的資産への期待が世界中で高まっている機運を感じます。しかし人々の価値観やライフスタイルが多様化している今日、社会課題を解決するためには、課題に直面している当事者も含め、多様な考え方や価値観を持った人と一緒に取り組むことが不可欠です。では、大学に集う学生に多様性があるかというと、必ずしもそうではない。それがずっと課題だと感じていました」
【写真】2022年10月にオンライン上で開催されたメタバース工学部設立式典の映像。台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンがスペシャル・メッセージを送った
確かに、大学生は世代的に18~22歳が中心で、東大工学部の場合、女性比率は11.7%にすぎないという。そして学生は物理的にキャンパスへ通う必要があるため、地方在住の(特に女子)学生が泣く泣く進学を諦めるケースも稀ではないそうだ。
「多様性という点に関して、少なくとも世代、ジェンダー、地域性といった要因を解消する可能性を、メタバース工学部は持っています。コロナ禍で培ったオンラインを活用したノウハウを生かしつつ、場所や年齢、性別にかかわらず、学びたいという方々にできるだけ高品質の教育プログラムを提供する場にしていきたいと考えています」
メタバース工学部が提供するコースは二つ。社会人を対象にした「リスキリング工学教育プログラム」と、中高生(と保護者)・教育者を対象にした「ジュニア工学教育プログラム」だ。
まず「リスキリング」で用意されているのは、「人工知能」「アントレプレナーシップ」「5G・ビヨンド5Gといった最先端の通信技術」「プログラミング(Python)」という4つのカリキュラム。いずれも、DX人材の育成を念頭に置いている。
メタバース工学部を立ち上げる前段階として、染谷教授は、社会課題に対して大学はどう貢献できるのかを探るべく企業を60社ほど(その多くは日本を代表する大企業)訪問したという。そして彼らが共通の課題を抱えていることを知る。DX人材の不足だ。
「DX人材を育てる方法論はまだ確立していません。ただひとつ明確なのは、データをきちんと活用できる人を育てるという点です。それには最新の人工知能の知識が欠かせません。人工知能の専門家は各大学に山のようにいるでしょうが、東大工学部には第一人者の松尾豊教授がいます。ビヨンド5Gのような次世代サイバーインフラの分野でも、産業界のトップのエンジニアと連携してプログラムをつくり、それをどんどん改訂している中尾彰宏教授がいます。最新の状況が常にアップデートされ、それを伝えていくことができるのは、今日においてわれわれだけです」
データ活用の最先端を理解し、それを生かしたファイナンスやマネージング、ビジネスモデルの構築を促進させるアントレプレナーシップの教育プログラムが並行して用意されているのも特徴的だ。初年度、リスキリング講座は2,000人程度の社会人(法人契約企業の社員のみ)を受け入れる予定だが、その数が今後2万人、20万人と増えていくならば(メタバースなら可能だ)、日本のDXは、当たり前のように社会に根づいていくことになるかもしれない。
【写真】メタバース工学部の授業風景(イメージ)