ザ・インタビュー 官僚主導で復興に道筋 門井慶喜さん著『江戸一新』
「江戸初期の人口は夏と冬で違っていた。火事が多い冬の間は、妻や子供を実家に帰らせるといった疎開のようなことをやっていたようです」
当時の江戸は火災が頻繁に起こり、「火事と喧嘩(けんか)は江戸の華」という言葉が生まれるほどだった。参勤交代などもあって急激に人口が増加し、建物がひしめき、道も狭かったという。
火災の多さは江戸特有の気象条件にもよる。冬から春先にかけて数十日も雨が降らずに乾燥し、強い「からっ風」が吹き抜ける。
こうした条件下で明暦3(1657)年1月、現在の文京区など3カ所から出火。北寄りの強い風が吹き、木造建築物が密集して建てられた江戸の町は火の海となった。2日間にわたる火災で現在の千代田区、中央区のほぼ全域と文京区の6割が焼失し、江戸城の本丸も焼いた。この大火がきっかけで、焼失した天守はその後再建されなかった。
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未曽有の大火後の江戸の在り方をどうするか、が本作の本題だ。復興だけでなく、江戸という都市の改造も喫緊の課題となっていた。主人公は老中の松平伊豆守信綱で「知恵伊豆」と称される切れ者だ。同僚の阿部忠秋、酒井忠清ら幕閣や町人と協力し奔走した。
市中に広小路(幅の広い道)を設け、町割を改めた。延焼の一因となり、道を狭めていた商家からせり出す庇(ひさし)も切り詰めさせた。防衛上の理由で当時、千住大橋の下流になかった隅田川に橋を設置し、川東方に市街地が拡大することになった。
江戸城内の一角も混雑していた。当時、有事の際に本丸を守るために徳川御三家の屋敷があった。信綱らは、跡地を火除地(ひよけち)とすべく、将軍家に次ぐ家格の御三家の屋敷を城外へ移転するよう要求。抵抗する水戸徳川家の光圀との論戦は見どころの一つだ。
「御三家よりも官僚の発言力が上がってきたとき。血筋や家門より幕府機構を優先し、官僚主導で復興するという道筋をつけたところが非常に進歩的だった」
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これまでも江戸や東京を舞台にした作品を発表してきた。『家康、江戸を建てる』は、湿地帯が広がる江戸を舞台に徳川家康や家臣らが奮闘し、その後の大都市へと変貌するきっかけとなる江戸創成の物語だった。『東京、はじまる』では、明治から大正にかけて活躍した建築家、辰野金吾による近代国家の首都づくりのドラマを紡いだ。
まるで主人公のように描いてきた東京や江戸という都市の魅力についてこう語った。「京都や大阪に比べると東京はとても若く、日本史の長さの半分にも達していない。若さを感じるのが好きなところ。群馬生まれの僕は東京に住んだことがない。ゲストの視点だからこそ書けると思っています」
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かどい・よしのぶ 昭和46年、群馬県桐生市生まれ。同志社大卒。平成15年「キッドナッパーズ」でオール読物推理小説新人賞を受賞しデビュー。28年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、咲くやこの花賞(文芸その他部門)をそれぞれ受賞。30年『銀河鉄道の父』で直木賞。同作は映画化され、5月5日から公開予定。