第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館、代表作家は毛利悠子に決定。キュレーターはイ・スッキョン
毛利悠子が、キュレーターにイ・スッキョンが選ばれた。
「ヴェネチア・ビエンナーレ
」とは、イタリアの都市・ヴェネチアの市内各所を舞台とする国際的な芸術の祭典。1895年の開始以来、100年以上にわたって開催されてきた同ビエンナーレは、現在美術展のほかに建築展、音楽祭、映画祭、演劇祭などを独立部門として抱えている。なかでも美術展は、国別参加方式を採用しており、現代アートの動向を国際的な視点から俯瞰することができる場として世界的な注目を集めている。日本は1952年に初めて公式参加。58年に日本館が完成してからは、今日に至るまで参加を続けている。
今回の出品作家として選ばれた毛利は1980年生まれ。環境などによって変化していく「事象」にフォーカスするインスタレーションや、立体彫刻などを様々な環境下で制作してきた作家だ。代表作には、腐りゆく果実に直接電極を差し、水分値の変化を利用し音と光を生成する音響彫刻《Decomposition》(2022)や、「危機は逆説的に、人々に最大の創造性を与える」という信念のもと、駅構内などの雨漏りと駅員によるその対処を記録した「モレモレ東京」が挙げられる。
キュレーターとして選ばれたイ・スッキョンは、イギリス・ロンドンのテート・モダンにおけるインターナショナル・アート部門のシニアキュレーター。2015年には第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展韓国館のコミッショナー・キュレーターを担当し、現在は毛利も参加している
第14回光州ビエンナーレ(~2023年7月9日)のアーティスティック・ディレクターを務めている。
今回の発表に際し、毛利は次のように意気込みを語った。「今回キュレーターにイ・スッキョン氏を迎えた理由のひとつは、現在自身も参加している光州ビエンナーレのテーマ『soft
and weak like
water(天下水より柔弱なるは莫し)』(*1)に共感し、東洋ならではの視点を用いた芸術的アプローチに感銘を受けたからだ。2019年のヴェネチアでの大洪水や環境保護団体の抗議活動、戦争によるウクライナのダム決壊。つい先日の台風で自身も水害により作品が被害にあったばかりだ。こういった厄災のなかで自身の信念でもある『危機は逆説的に、人々に最大の創造性を与える』という言葉はますます確信に変わっていった。現在は再出発の機会と受け止め、やる気に満ちあふれている」。
また、イ・スッキョンは日本館展示のキュレーターを務めることについて次のように考えを述べた。「以前より毛利氏の表現活動を高く評価してきた。今回、日本を代表する場において毛利氏と力をあわせて表現ができることを嬉しく思う。自分自身、昨今の様々な課題のなかでアートの力を改めて感じることがある。毛利氏の作品は、政治的な強いメッセージ性があるものではないが、そのアプローチ方法は周辺環境に目を向け、その意識に深く耳を済ませるもの。鑑賞者にとっても記憶に残るものとなるだろう。毛利氏が世界をどうとらえるかを大切に、雑念にとらわれず制作してほしい」。
出品作家は前回
同様、選考委員によってノミネートされた作家から選定されている。今回選考委員を務めたのは、片岡真実(森美術館館長)、建畠晢(埼玉県立近代美術館館長、国際展事業委員会委員長)、野村しのぶ(東京オペラシティアートギャラリーキュレーター)、松本透(長野県信濃美術館館長)、南雄介(キュレーター)、鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長、キュレーター)。最終選考作家は風間サチコ、鴻池朋子、志賀理江子、毛利悠子、百瀬文(志賀は選考期間がほかの展示の開幕直前と重なったため、選考を辞退)。
なお、現時点で同ビエンナーレの総合テーマは未定となっているため、続報を待ちたい。
*1──中国春秋時代の思想家・老子による『道徳経』から引用した、光州ビエンナーレのテーマ「soft and weak like
water(天下水より柔弱なるは莫し)」。アーティスティック・ディレクターを務めるイ・スッキョンはステートメントで、「水のように柔らかく弱いものは、即効性ではなく、持久力と浸透する優しさによって変化をもたらし、構造的な分裂や違いを超えて流れる」ものだ、と述べている。