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【書評】退位前の天皇ご夫妻が主役の“表現の限界”に挑んだ問題小説:森達也著『千代田区一番一号のラビリンス』
2022-06-06
【書評】退位前の天皇ご夫妻が主役の“表現の限界”に挑んだ問題小説:森達也著『千代田区一番一号のラビリンス』

斉藤 勝久
上皇ご夫妻が退位前、つまり天皇皇后両陛下だった時に、皇居の地下を冒険するという奇想天外なファンタジー小説である。しかも、作中の両陛下の名前は「明仁」「美智子」と敬称はない。この本の帯には「戦後日本の表現における臨界に挑む問題小説」とある。ドキュメンタリー映画監督として知られる著者の作品だが、出版社に断られ続け、発刊には3年近くかかったという。
この本の題名は、正確ではないが皇居の所在地で、ラビリンスは迷宮、迷路を意味するから、「皇居の迷宮」といった内容になる。

読者は初めから驚かされる。テレビCMを見ている夫婦の何気ない会話で始まるが、二人の名前から、なんと天皇ご夫妻の会話だった。本当にご夫妻はこんなに庶民的な会話を交わされているのだろうか。

次の場面では、皇居近くの日比谷通りの交差点で、天皇が護衛も付けずに一人で歩いている。そして、皇居の坂下門から、警備する皇宮警察官に挨拶して、中に入っていく。決して現実にはあり得ないシーンが続く。

一方、本書の主人公で、著者本人と思われる「森克也」が憲法1条、日本の象徴である天皇に関するテレビのドキュメンタリー番組を計画していた。この企画の難関は、天皇と会って映像を撮ることにあった。

細かい経過は省略するが、克也の願いがかない、皇居で天皇ご夫妻と対面し、撮影の許可をお願いする。2日後に皇后からメールが届く。週末に、「撮影同行者は女性一人だけ」というご夫妻の指定通りに、克也は親しい桜子と共に皇居に行く。

そして、「穴に潜るから一緒に来てください」という天皇ご夫妻との4人による皇居地下の探索が始まる。1945年8月の終戦を決定した御前会議が開かれた「御文庫付属庫」も出てくる。3時間余の幻想的なピクニックを終えて、無事生還。だが後日、桜子が突然、姿を消す。そして、とんでもない事件が起きてしまう――。
作中に「カタシロ」という不思議な生物と思われるものが、何度も現れる。しかし、見える人にしか見えず、多くの人は気付かない。天皇ご夫妻と、克也にはよく見える。克也がご夫妻と会えるきっかけになったのも、このカタシロが関係しているようだ。

でも、読者にはカタシロの正体がわからない。「象徴天皇制」のような、あいまいな存在なのかもしれない。

本作は、あくまでも著者の「妄想」に基づく小説である。しかし、登場人物が天皇、皇后両陛下(当時)であることに、本書の特徴がある。内容は荒唐無稽な点が少なくないが、天皇制、天皇の問題についてもたっぷり触れている。

著者は本作執筆の経緯について、「天皇の退位が現実味を帯びてくる中で、何か書けるのではないかと考えた。僕の妄想を文字にする。それはいけないことなのか。何度考えても、いけない理由がわからない」「天皇制について議論が不自由な状況の中で、研究書や論文などとは違った形で出したいと思って小説にまとめた」と語っている。

ストーリーの展開は、テレビ局で憲法1条をテーマとしたドキュメンタリー番組の企画が通り、その後、企画がボツにされた著者の実体験をもとにしている。著者は天皇退位の前に出版したいと考え、文芸誌を持っている出版社はほぼ全社回ったが、断られ続けたと明かした。また、出版後も天皇と皇后が登場する異色の作品でありながら、さほど話題にもならず、書評などにもあまり取り上げられていない。

ソース元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/96bcda2f87819f1f136927e57b9c71e8b60ea1f5

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