【古典俳諧への招待】御手討(おてうち)の夫婦(めおと)なりしを更衣(ころもがえ) ― 蕪村
俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第22回の季題は「更衣(ころもがえ)」。
御手討(おてうち)の夫婦(めおと)なりしを更衣(ころもがえ) 蕪村
(1770年頃の作か、『蕪村句集』所収)
中学・高校では、6月1日から夏服に替わるところが多いようです。白い半袖姿がさわやかですね。しかし平安時代には、旧暦の4月1日(2023年は5月20日)に夏、10月1日に冬(同11月13日)の更衣をしていました。江戸時代も4月1日に夏用の袷(あわせ=裏地つきの着物)に着替えました。ですから詩歌では単に「更衣」といえば4月1日の夏の更衣を指し、この季題からは身も心も軽やかになる気分が感じられます。
蕪村はこの更衣を題材に、お芝居のような話の句を作り出しました。「お手討ちにされるはずの夫婦だったのだが、許されて今日、更衣をすることだ」。この句の「夫婦」とは武家奉公(ぶけぼうこう)の男女、例えば若い侍と腰元(こしもと)でしょうか。奉公人同士の勝手な恋愛は不義密通として禁じられており、2人は主人に斬り捨てられて当然だったのです。けれども恋人たちは許されて夫婦になることができました。
覚悟していた死を免れていわば生き返った2人が、日々の暮らしを送り、更衣の日を迎え改めて喜びをかみしめているのでしょう。「更衣」とは重苦しい冬を脱ぎ捨てて新しい季節に生まれ変わる日であり、その明るさ、爽やかさが夫婦の気持ちに重なります。
古典俳諧ではこうした想像句は珍しくないのですが、特に蕪村は季題から広がるイメージを大事にします。そうしてその季題にふさわしいお話を作り出すのです。その上たった17文字で複雑な事件を想像させる手腕はお見事としか言いようがありません。
深沢 了子
聖心女子大学現代教養学部教授。蕪村を中心とした俳諧を研究。1965年横浜市生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。鶴見大学助教授、聖心女子大学准教授を経て現職。著書に『近世中期の上方俳壇』(和泉書院、2001年)。深沢眞二氏との共著に『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 春夏編・秋冬編』(三弥井書店、2016年)、『宗因先生こんにちは:夫婦で「宗因千句」注釈(上)』(和泉書院、2019年)など。