書評:「人間の展示」とは何か。小原真史『帝国の祭典──博覧会と〈人間の展示〉』
本書は、19世紀半ばから開催され始める国際博覧会についての写真や絵はがき、版画などを収録した、フルカラーの写真資料集だ。本書が扱う写真は「写真の写真」であり、収録された絵はがきなどは記念品や土産物として量産され、流通したものである。故に著者は本書の冒頭で、「博覧会の時代」とは
「複製技術の時代」でもあると述べている。「博覧会の時代」のなかでも、本書の対象は、19世紀半ばからのおよそ100年におけるヨーロッパ・北米・日本の博覧会に限定されている。とはいえ、全12章にわたって収録された図像の豊富さには誰しもが圧倒されるはずだ。それらすべてが著者により収集されたことも特筆に値する。
著者がキュレーションした「イッツ・ア・スモールワールド:帝国の祭典と人間の展示」展(2021年2月6日~28日、京都伝統産業ミュージアム)との違いは、一冊の書物として編さんされたことにより、ここで取り上げられた100年間に大量の複製図像を生み出した人間の欲望を、まるで手中にするかのような読書体験が得られることだろう。
とりわけ本書が光を当てるのが、「ネイティヴ・ヴィレッジ」だ。これは本書が規定する語で、博覧会に設けられた遠い異国の集落などが再現された空間を指す。ここには、現地に暮らす人々や動物が「展示」された。このような動くジオラマの一部として展示させられた者たちは、好奇の視線にさらされた。この国でも「人間の展示」は行われていた。人間の展示を正当化した帝国の欲望は、決して人ごとではない。
メアリー・ルイーズ・プラットは『帝国のまなざし』(未訳)のなかで、宗主国と植民地などにおいて、非対称でありつつ相互に干渉し合う接触が生まれうる場所を「コンタクト・ゾーン」と名付けたが、本書ではこれを援用し、国際博覧会もまたコンタクト・ゾーンであった可能性に注意深くふれている。
しかしむろん、ここで展示させられた者たちの「主体性」に着目することは、「ネイティヴ・ヴィレッジ」を出現させた植民地支配下の搾取構造を不問に付すことを意味しない。「人間の展示」の搾取構造から目をそらすことは、従軍慰安婦たちの自己決定を強調することで、責任の所在を曖昧にせんとする姿勢と通底する。
帝国主義はかたちを変え、いまもなおこの国に深く根を下ろしている。それらの複製図像を誕生・流通させた欲望が決して過去の遺物ではないことを、本書は教えてくれる。
(『美術手帖』2023年1月号、「BOOK」より)