1000日以上毎朝「ニューヨーク・タイムズ」に日の出を描き続けるアーティストが伝えたいこと
澁谷は2020年3月、新型コロナウイルスによるロックダウンの真っ只中にニューヨーク・タイムズ紙(NYT)へのペイントを始めた。描かれているのは、日の出の空模様である。青とグレーのくすんだグラデーションの日もあれば、紫と赤に染まった、燃えるような朝日の日もある。だが、そこで澁谷が記録しようとしているものはただの景色ではない。
彼は言う。「どうにかこのパンデミックを表現したいと考えたときに『時間を切り取る』というコンセプトにたどり着きました」
「そのとき、僕の目の前にはニューヨークの朝日があって、それと同時にNYTの紙面には『コロナ』があって『大統領選』があって『ブラック・ライブズ・マター』があって……カオスだった時期の人間の出来事と、自然の朝日の美しさ、その『コントラスト』と『時間』を切り取ろうと思ったのです」
このシリーズは「サンライズ・フロム・ア・スモール・ウィンドウ」と名付けられ、1000日以上にわたっていまでも制作が続いている。
このシリーズにNYTを使う理由は、「単に購読していたから」ということに加えてもう一つ、澁谷がグラフィック・デザイナーをしていた頃の思い出にある。
「当時、『プラスチック・ペーパー』というプロジェクトがあったのですが、それはいろんなデザインのプラスチック・バッグ(ビニール袋)を集めて、デザインをまとめて本を作って、その売り上げを、プラスチック製品の使い捨てを止めようと訴える慈善団体に寄付する、という活動でした」
「そのプロジェクトがNYTの一面に載ったんです。そのとき、取材のために記者が2回くらいスタジオに来てくれて、僕らの活動とか環境に対する思いとか、そういうのを入念に聞いてくれました。それに加えて何回も何回もメールとか電話でファクトチェックをしてくれて。記事はほんとうに小さいものだったのですが、彼らのこうした姿勢に心を打たれました」
その頃からすでに、環境や社会問題に対してアートができることは何か、を考えていた澁谷はいま、「サンライズ」シリーズに加え、銃乱射事件や気候変動問題など、その時々の重大事件・問題をテーマにした「イベント」シリーズも制作している。
「イベントシリーズは、ビジュアルよりもコンセプトを特に大事にしています。メッセージが伝わるかどうかを一番重視しているということです。基本的にヘッドライン(見出し)を残して描くのもそのためです」。さらに、SNSへの投稿時には作品の画像だけでなく、スライドすれば見られるよう、記事のスクリーンショットを説明文代わりに入れている。
イベントシリーズの制作には、絵の具だけでなくさまざまな素材を使う。たとえば、2023年3月10日のカリフォルニアでの積雪をテーマにした作品には、フェイク・スノーを使用した。
「小麦粉みたいな粉なんですが、水と混ぜると雪状になって、もちろん冷たくなって子供たちが遊べます。雪についてはこれまでも、絵の具を厚塗りしたりして表現したことがありました。自分のなかでは、なるべく新しいことをしたいという思いがあるので、前回やったことと同じことはしたくない。チャレンジでもあるんですけど」
カリフォルニア州はこれまで、乾燥や干ばつで被害を受けてきた地域だ。だがいま、気候変動の影響でそこに雨が降り、雪が降り、洪水が起こり、人々が苦しめられている。この、普段とはまったく逆の状況をどうにか表現したかったと澁谷は語る。
「フェイク・スノーとかあるのかなと思って検索してみたら見つかって。『どこで買えるんだ』、『ちょっとタクシー乗って買いに行くか』、それから『そのままやるか』って感じですかね。まったく予定も立てず、自力で調べて制作しています。大きなプロダクションではないので、その日にできる、実行可能なことを探してやっています。毎回実験みたいな感じです」
「ときにはステンレススチールを手袋もせずにはさみで切ろうとして、手を怪我したりもします。奥さんにはすごい怒られましたが、それも人生のレッスンです。あ、手袋いるんだなって。まさに『Learning by doing(やりながら学ぶ)』です」と笑う。