【新刊紹介】ワインやゴルフのように友を呼ぶ:伊藤悠美子著『中国茶で、おとな時間』
永い歴史を有する中国茶の世界は奥深い。本書は日本で味わえる中国茶に関する最新の指南書である。コロナ禍という“非日常”の時代だけに、喫茶のひとときは貴重だ。著者は「ワインのように、ゴルフのように、中国茶は友を呼ぶ」と説く。
本書では、中国・大連生まれの著者が中国茶に魅了されていく物語が紡がれる。大連で勤務医をしていた父親がある日、貴重な茶葉を入手した。著者はその茶を口にする。
「その色と香りだけでも、とても良いお茶であることがわかります。それが『龍井茶(ロンジンチャ)』という中国を代表する高級緑茶でした。私はそのとき10代前半でしたが、この小さな感動は、のちに私と中国茶を結びつけるきっかけになったのです。」
著者が20歳を迎えるころ、兄が大連の中国茶専門店に連れて行ってくれた。ひと回り近く歳が離れた兄は父親以上に中国茶に詳しい。そこで飲んだのは烏龍(ウーロン)茶の最高峰「大紅袍(ダイコウホウ)」だった。著者は「こんなに美味しいお茶が、この世の中にあるなんて!」と身体に衝撃が走るほどの出合いだったという。
著者は大連外国語大学を中退後、来日した。法政大学経営学部を卒業、同大学院経済学研究科修了(経済学修士)。1992年、米国ワシントン大学に留学。その後、日本に戻り、約10年間、商社、大手企業などに勤務した。1997年には日本に帰化している。2006年6月、東京・元麻布に中国茶と中国茶器の専門店を開くに至った。
「本書を龍愁麗先生に感謝を込めて捧げたい」。その龍先生は偶然、元麻布の著者の店に立ち寄ったという。彼女はかつてフランスに留学、日中両国で大学教授を務め、日本の茶道や中国の「宮廷茶藝」などにも通じていた。著者にとっての茶の師となった。
「先生と出会ってから、中国茶について、改めて深く学ぶきっかけを作っていただいたと思っている」。龍先生の夫は、著名な切り絵作家の宮田雅之氏(1926-1997年)だったため、作家の谷崎潤一郎、三島由紀夫、吉川英治らとの交友のエピソードも聞いたという。
ジャズ・トランペット奏者の日野皓正氏は著者の“好朋友”になった。日野氏は本書に「僕と中国茶」と題したコラムを寄稿、元麻布の店に引き寄せられるように入り、中国茶に「ハマっちゃった」経緯を軽妙な筆致で綴っている。
実父と龍先生は他界したが、著者は日米中で多くのキーパーソンと出会い、深遠な中国茶の世界に引き込まれた。「人生を変えた銘茶への旅」をいわば凝縮したのが本書である。