『楠勝平コレクション――山岸凉子と読む』 楠勝平著、山岸凉子編 評者:石岡良治【このマンガもすごい!】
そうしたなか刊行された本書は、時代物短編を得意としたマンガ家、楠勝平(くすのきしょうへい)の作品の文庫オリジナルアンソロジーである。過去に出ていた作品集が長らく入手困難になっていたこともあり、作品が広く読まれる契機となる好企画であるのみならず、山岸凉子による編者解説という取り合わせの妙が、作品世界への的確な導入となっている。
1944年生まれの楠勝平は心臓弁膜症との闘病の末、74年に30歳で夭折しており、したがって読者はおおむね半世紀前の作品群を目の当たりにすることになる。こうした情報は、「作品を純粋に楽しみたい」という観点からすると、ときに邪魔なものとみられやすい。だが例えば本書の数少ない現代劇である「大部屋」は、大部屋での入院経験を持つ者ならではの観察眼により、非日常が日常となった入院生活を軽妙に描写しつつ、死が身近である環境を少しずつ開示していく構成となっている。様々な来歴を持つ入院患者たちの物語と、大部屋に覆いかぶさる死の気配のもたらす情動が、やや異なるリズムで並走する画面の魅力は、やはり楠勝平という作者の経歴と切り離し難いようにも思えるのだ。
作品では江戸の市井の職人が好んで描かれるが、とりわけ印象深いのは「茎」における染物師の修業を続ける女性主人公「つむぎ」である。結婚を機に仕事を辞めることが望まれる環境にじりじりと取り囲まれるなか、情を交わした恋人さえもが決定的な無理解をみせる瞬間の絶望感は、現在の日本でもけっして過去のものとはなっておらず、アクチュアリティを失っていない。
白土三平に憧れ、『忍者武芸帳 影丸伝』や『サスケ』などの古典的名作でアシスタントをつとめつつも、楠勝平の資質は叙事的な方向では発揮されず、だが師弟関係のようなものを好まなかった白土三平にとって唯一の弟子といえる存在であったという異色の経歴。この二人の関係の機微を、山岸凉子の解説は印象的な逆説として示している。白土の作品世界は、もしも時代と共振しなかったら「マイナーにとどまったかもしれない」のに対して、楠勝平は「メジャーで普遍的な世界」を描いているというのだ。同郷の大和和紀らと共に白土作品に熱狂した経験を持つ山岸凉子ならではの慧眼であり、「彩雪に舞う…」のラストで主人公「左衛門」が見せる満面の笑みは、若者の自意識とも老境の達観とも異なる仕方で、万人に到来する「死」の切迫という普遍的な経験を示している。
(『中央公論』2022年3月号より)
【評者】
◆石岡良治
早稲田大学准教授