【新刊紹介】どんぶりを見る目が明日から変わる:青木健著『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』
たかがラーメン、されどラーメン。日本全国どこを探しても、ラーメン屋がない街はないだろう。日本人にとってそれほど身近なラーメンなのに、知らないことがこれほどあったなんて。ランキング本とも料理雑誌ともひと味違う、ラーメンを味わうための教養とは。
15年ほど前の大晦日。友人の家で鍋をつついていたときに、誰かがテレビのチャンネルを替えて映った特番が「今年のラーメンベスト100」(のようなタイトル)だった。
なぜ今でも覚えているのかというと、「ラーメンひとつで、大晦日の特番を!?」とびっくりしたから。大晦日と言えば、紅白はもちろんのこと、各局が予算と時間をかけて作り上げた豪華な番組が視聴率を競い合う日だ。そこにラーメンという、日本人なら誰でも、幼い頃から慣れ親しんできた食べ物が入ってきたことは、なかなかの驚きだった。
が、瞬く間にラーメンは日本を代表するメニューとなり、ミシュランガイドで星を獲得する有名店が生まれ、ramenを愛する外国人が増え、ニューヨークやロンドンのramen shopには大行列ができるようになった。数百円の町中華から、1杯1000円を優にこえる贅沢な逸品まで、バリエーションも様々だ。
本書はそんなラーメンを、教養という視点から切り取っている。ラーメンに関する雑誌や書籍は山ほどあるが、“教養”となると、おそらく他にはないだろう。
つくり方、食べ方、メニュー、店、ビジネス、考察、知識、客と、8つのジャンルに分けて紹介される教養のネタは全部で50。ラーメン店の利益率から豚骨スープ誕生のエピソード、スープはレンゲで飲むべきか丼から直接すするべきかなど、どれもこれも「へえ~」と頷き、明日からつい「ねえ、知ってる?」と誰かに言いたくなってしまうものばかりだ。
著者はラーメン業界を専門に、デザイン、イラスト、マンガなどを制作しているアーティストで、ミシュラン1つ星の「Japanese Soba Noodle 蔦」など、これまで50店舗以上のラーメン店のロゴデザインを手掛けてきた。
根っこにあるのは、ラーメンへの愛。10年近くラーメンを食べ歩き、店の記録を付けてきた活動に、LOVEに引っ掛けて「ラ部」と名付けたほどのラーメン愛が本書には詰まっている。
どの店がおいしい、オススメしたいといった店舗の紹介ページがないのも、ラーメンへの愛があるから。時代や流行に左右されず、どこに行っても使える知恵を持つことが、ラーメンを楽しむ近道だと著者は説く。きっと、日本全国、いや世界中に、ラーメンを愛する人を増やしたいと思っているに違いない。
旅先でラーメンを食べたくなったときに便利そうな全国ご当地ラーメン33種類の紹介や、着丼、インスパイア、Wスープといったラーメン用語集など、教養の合間合間に、飽きさせないコンテンツがしっかり入れ込まれている。
さて、本書を読み終わったらどうなるか。
店を選び、注文し、食べ、店を出るまでを楽しむ教養は、すべて手に入れた。となるとあとは、実践あるのみ。家の近所で食べる、いつものラーメン屋のいつもの一杯が、ちょっと違って見えてくるはずだ。
幸脇 啓子
1978年東京生まれ。編集者。東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。2017年、独立。スポーツや文化、経済の取材を重ね、ノンフィクション作品に魅了される。