中国出身の写真家・宛超凡が「荒川」を撮り続ける理由 「生活感がめっちゃある」〈dot.〉
宛超凡(えん ちょうはん)さんは5年にわたって東京湾にそそぐ荒川流域を撮影した。そのときの印象をユーモアを交えて、こう語る。
「荒川の撮影で特に感じたのは、日本人はゴルフが好きだな、ということですね。ゴルフ場がいっぱいある。中国にいたとき、ゴルフは金持ちのスポーツだと思っていましたけれど、おじいちゃんやおばあちゃんがみんなゴルフをしていた。ゴルフに対するイメージが全く変わりました」
作品には河川敷の市民ゴルフ場や、そこでプレイする人々が写っている。
■生活感がめっちゃある
2017年、「政治と写真について研究したい」と、東京藝術大学大学院に入学した宛さんが選んだ撮影テーマは荒川だった。
川を撮ることは最初から決めていた。「ストレートな写真で政治を表現するのは難しいと思っていた」こともあるが、「水は命の源だから。水をテーマとすることで、その国の政治や社会、経済がわかると考えた」。
テーマは硬いが、実際に荒川の流れに沿って撮影した四季の風景を目にすると、親近感を覚える。
「ある意味、何もないところですが、生活感はめっちゃある。見たことのない風景ばかりだったので新鮮でした。撮りたいものがいっぱいありました」
川岸の岩畳を散策する観光客、秩父市街の奥にそびえる武甲山、すげがさをかぶった子どもたちが練り歩く夏祭り、道端に干された布団、青葉に囲まれたグラウンドで行われている少年野球。パンツ一丁で日光浴をする男性の姿もある。
「服を脱いで日光浴をしている人が結構いました。でもパンツだけの人は珍しいかも」
作品のタイトルは「河はすべて知っている──荒川」。
「川のある風景ではなく、川から見える両岸の風景を撮影しました。なので川が写っていない写真もたくさんあります。それで『河はすべて知っている』というタイトルにしました」
■故郷には川がなかった
宛さんの川への思いは強い。
「重慶の大学に進学したとき、生まれて初めて大きな川が流れているのを見て、感動しました」
故郷、中国河北省固安県には川がなかった。北京市の南に隣接する固安県の大半は農村で、畑がどこまでも広がっている。
一方、中国南西部の重慶は二つの大河、嘉陵江(かりょうこう)と長江の合流点に発達した都市である。
「18歳になるまで見たことがなかった風景なので、すごく川が好きになりました。水のにおいや流れる音。大学から徒歩で10分くらいのところにある嘉陵江にほぼ毎日行って写真を撮りました」
宛さんがスマホの画面で見せてくれたモノクロ写真には嘉陵江の岸辺で過ごす人々の姿が写っている。