日本哲学の開拓者、西田幾多郎がこじ開けた『善の研究』の次の扉
西田は1910(明治43)年から1928(昭和3)年まで京都帝国大学に在職した。この18年の間に、哲学的探究の立場としては「純粋経験」から「自覚」、そして「場所」の立場へと発展させていった。西田の思索は生涯にわたっていくつかの発展をみせたが、一つの根本的立場を設定してそこからすべてを説明しようとする姿勢は一貫していた。
実在の探究(世界の真の姿を見極めること)を一つの根本的立場から進めるという、根源への志向性において一貫していたといえる。その根本的立場を表明するキーワードが思索の過程で変化していったのである。
『自覚に於ける直観と反省』(1917年)は、京大着任後に約4年(1913~17年)の歳月をかけて書き継がれた論文を一冊にまとめて出版された著作である。ここで示されたのが「自覚」の立場であるが、その思索は西田にとって厳しく苦しいものだったようである。同書の「序」で彼は次のように語っている。
「此書は余の思索に於ける悪戦苦闘のドキュメントである。幾多の紆余
(
うよ
)
曲折の後、余は遂に何等の新らしい思想も解決も得なかったと言わなければならない」(『西田幾多郎全集』第2巻11頁)。 著者の溜息さえ聞こえてきそうな落胆の言葉である。こうした西田の悪戦苦闘を通じて明らかにされたのが「自覚」の立場である。
西田はこの本で、主客未分の純粋経験と、主観と客観の二分法によってそれを捉える反省的思惟
(
しい
)
との関係を説明することを課題とした。つまり、私たちが夕日を見て「ハッ!」としたり、我を忘れて楽器の演奏に没入したりすることと、こうした体験をふり返って考えることとの関係はどのようになっているのか。それを明らかにすることが課題となったのである。 「自覚」の立場はこれを解決するものだった。『自覚に於ける直観と反省』の「序論」の冒頭では次のように書かれている。「直観」「反省」「自覚」という三つの言葉に注目しながら読んでいただきたい。
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直観というのは、主客の未だ分れない、知るものと知られるものと一つである、現実その儘(まま)な、不断進行の意識である。反省というのは、この進行の外に立って、飜(ひるがえ)って之を見た意識である。〔……〕/余は我々にこの二つのものの内面的関係を明(あきらか)にするものは我々の自覚であると思う。自覚に於ては、自己が自己の作用を対象として、之を反省すると共に、かく反省するということが直に自己発展の作用である、かくして無限に進むのである。反省ということは、自覚の意識に於ては、外より加えられた偶然の出来事ではなく、実に意識其者(そのもの)の必然的性質であるのである。(『西田幾多郎全集』第2巻13頁)
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ここで「直観」といわれているものが『善の研究』での純粋経験に相当する。これに対して「反省」は直観の外側からこれを見た意識だとされ、主客の二分法による反省的思惟のことである。
西田によれば、直観と反省との関係を明らかにするものが「自覚」だという。自覚においては、自己が自己の作用(働き)を反省するとともに、反省することによってものの見方が無限に深まっていく。
そこでは反省は外から加えられたものではなく、むしろ直観と反省を両方とも含んでいる。西田は純粋経験(=直観)に対する反省を含み込んだ、より包括的な立場として「自覚」の立場を構想したのである。