還暦パパの異次元子育て タブレットがやってきた AIと共存、人間力どう発揮
休日も日中の危険な日差しを避け、家で遊ぶことが増えた。熟慮の末、子供用タブレット端末を与えた。
「うわーっ。これ見て!」と、たちまち目を輝かせる息子。「きかんしゃトーマス」「はらぺこあおむし」といったなじみのアニメや絵本のキャラクターが、画面を指でなぞるだけで動いたり、塗り絵ができたり。1万~2万円程度で各社から出ているキッズタブレットは、日々更新されている数千点のコンテンツが1年間使い放題というのがミソ。有害サイトへのアクセスや使い過ぎを親がコントロールする機能も付いている。
「案外いいじゃないか」「子供って覚えるのが早いね」。さまざまな知育アプリを開いては、感覚的に指を運んで遊ぶ息子に、昭和世代のパパもママも感心しきりだ。交通ルールを理解したり、友情を育んだり。ひらがな、英語の単語などをゲーム感覚で覚えたり。1つのハードルをクリアした達成感が、さらなる知的好奇心をかきたてて、思考力、創造力を育んでいるのが、隣で見ていてもよく分かる。夫婦で顔を見合わせ、少しほっとした。
わが家では、脳が急激に発達するといわれる3歳になるまで、タブレットやゲーム機に触れさせない、というルールを何となく決めていた。それまでおうちでの楽しみは絵本だった。
息子が初めて絵本に出合ったのは自治体の「生後4カ月健診」のとき。「初めて絵本を開く喜びを」と、全国約1100の市区町村がNPO法人と協働で行っている英国発祥の「ブックスタート」運動のおかげだ。健診後、2冊を選んで持ち帰った。『じゃあじゃあびりびり』(まついのりこ)と『がたんごとんがたんごとん』(安西水丸)。乳児にとっつきやすいオノマトペ(擬音・擬態語)が題材で、息子は意味が分からないながらも、ページをめくることにワクワクした様子だった。そのうち、破るようにもなり、叱られて、大事にすることも覚えた。
段ボールに色紙を貼って妻が作った絵本棚には、1歳を過ぎるころ、30冊以上が並び、いまもあふれた絵本を寝床に持ち込んで「読んで、読んで」とせがむ。そんな過程を経て、タブレットにたどりついたのは、悪くないのではないか。
パパは三十数年前の駆け出し記者のころ、事件現場から頭の中で書いた原稿を読み上げる(隠語で勧進帳と言った)先輩からの電話の言葉を、漏らすまいと一文字ずつ鉛筆で原稿用紙に書き留めた。それがワープロ、パソコンになり、今は情報収集や原稿作成を瞬時にできる生成AI(人工知能)が急発達。記者不要論までささやかれ始めた。
息子はいきなり生成AIと共存しながら、「人間力」をいかに発揮できるかが試されるのだろうか。
そんな「もやっ」とした思いを抱いて参加した地域の夏まつりで、息子が再び目を輝かせた。おもちゃくじの夜店で、露天商のおじさんから、「当たりだよ。おめでとう!」と、威勢のいい言葉で励まされた。一瞬、固まって表情をこわばらせた息子。次の瞬間、手渡されたビニール製の剣を持って、得意満面の笑みを浮かべた。
こんな表情、タブレット遊びでは見られないぞ。
■中本裕己(なかもと・ひろみ) 昭和38年生まれ。夕刊フジ編集長。著書に『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』。