同じ名前の博士に導かれて、氷点下の村へ ルーマニアのクリスマス〔前編〕
ルーマニアには、「ただいま」という言葉がない。
この国に到着した翌週には連休も明けたので、90歳のタタさんのお家を中心に、日に日に少しずつ行動範囲を広げていった。
そして家に帰るたびに「ただいま」と言おうとするが、口がモゴモゴして何も言葉が出てこない。日本から持ってきたルーマニア語の本にも載っていないので、最初のうちはGoogle翻訳で調べたワードを言ってみたが、タタさんはキョトンとしていた。
困ったなぁと思い、ルーマニア語の先生に聞いてみることにした。そうしたらなんと、ルーマニアには帰宅時に「ただいま」を言う習慣がないから、言葉自体が存在しないという。
こうなって初めて、「ただいま」という言葉が持つ不思議な力に気がつく。日本で人生の大半を過ごしてきた経験から、このような場面で言いたくなるのは「お邪魔します」でもないし、「今着きました」もどうもしっくりこない。
それは、「ただいま」という言葉が帰宅を伝える機能のほかに、「帰ってくるところ」としてのその場所への想いや、そこに暮らす人に対して親しみを持っていることをやわらかく伝え、不思議と心の距離を近づけてくれるような側面もあるからなのではないかと思う。
日本の場合、実家で帰宅時に「ただいま」と言わないと親に怒られた記憶すらある。また、地方にフィールドワークに行った際にお世話になった民宿やドミトリーの人には、短い期間の関係であっても積極的に「ただいま」と言いたくなったことも思い出す。
一方でルーマニアでは、状況により少し変化もするけれど、会った時や別れ際の主な挨拶として、ハグをしながら相手の頬と自分の頬を左右交互に軽く触れ合わせ、軽くリップ音を立てる。また、家族間で頻繁に愛を言葉で伝え合ったり、街ゆく人も手を繋いだりあちこちで口づけを交わしていたりと、日本より圧倒的にストレートな表現やスキンシップが多い。
こちらに来てから親しい間柄の人との別れ際や電話を切る際によく使うようになった言葉には、「バプープ(さらに親しい間柄なら、テプープ)」というものがあり、英語のスラング「xoxo」(ハグ&キス。xがキス、oがハグを表す)のような意味合いになる。