知られざる女性兵士の戦争 逢坂冬馬著「同志少女よ、敵を撃て」
主役は18歳の少女、セラフィマ。故郷の村が独軍に襲われ、ソ連赤軍の女性兵士、イリーナに救われる。母を殺した独軍の狙撃兵と、母の遺体を焼いたイリーナへの復讐(ふくしゅう)を誓うセラフィマは女性狙撃兵訓練学校に入り、前線へ身を投じる。「ソ連の女性兵士、なかでも狙撃兵について書きたいという思いが前からありました。ただ、モチーフがあってもテーマにはならない。入手できる資料も限られていたんです」と明かす。
だが、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの女性ジャーナリスト、スベトラーナ・アレクシェービッチ氏の『戦争は女の顔をしていない』をはじめ、近年、独ソ戦に従軍した女性兵士へのインタビュー資料などが揃ったことが、執筆の後押しに。「関心があるものとして読んでいくうちに、これは書けるんじゃないかって気持ちになってきました」
日本人にとって必ずしもなじみのあるテーマではない。「読みにくいものに仕上がる可能性があったので、キャラクターは少しポップに、読みやすい文章を心がけました」。故郷の村や母が襲撃される1章は残酷で暗いトーンだが、狙撃学校での日々を描いた2章では一転して明るいイメージに。「その後の展開で落差が出てメリハリがつくと考えました。この手法は賛否両論あるはずですが、広く読まれる方がいい」
復讐から始まった物語だが、戦争が主人公の価値観を揺さぶる様子が描かれていく。敵味方問わず命を助ける看護師。ドイツ人女性に暴行するソ連兵士…。自分の「敵」は誰なのか。善悪の線引きが難しい戦場でセラフィマは葛藤する。
「暴力が嫌いで戦争も嫌いなんです。否定する根拠を持つために、小説で個々の兵士の内面に迫る形で暴力を描きたかった」
女性兵士たちの連帯も描かれた。「軍隊に行った女性は(男性たちの中で)異物と見られ、対抗しなければいけなかった。それを踏まえることで新たなテーマ性を獲得できると思いました」
書店では、独ソ戦関連の書籍とともに並べられることも多い。あまり知られていなかった「女性兵士の戦争」を読者に提示した。
「この物語を通じて、戦争で命を失った(名もなき)人たちに思いをはせてもらえたなら、それが一番うれしいですね」
大学卒業後、打ち込めるものを探して小説を書き始めた。「最初に書いた作品が長編として完結できた。何より書いていて楽しかった」。会社員の傍ら、好きな作家や作品が名を連ねるアガサ・クリスティー賞に投稿を続けた。
十数年芽が出なかったが、憧れの人である映画監督の押井守さんの言葉に励まされた。「小説家になれるかは才能だけではなく、世の中の都合でもある。芸事に関しては、継続する力も一つの才能です」。押井さんのメールマガジンから返信された相談への回答は今でも宝物だ。
昨年8月、全選考委員が最高点を付けアガサ・クリスティー賞大賞を受賞。今年1月の直木賞選考会では、惜しくも受賞は逃したが、「万が一にも受賞となったら、いまだ一介の新人にすぎないという気持ちを忘れそうだと思ったので、受賞に至らなかったこと自体には、どことなく安堵(あんど)しています」と語る。
デビュー作の完成度の高さから、次作への期待が大きい。「描きたいテーマがいろいろある。肝心なのはやりたいことを見失わないこと」
■3つのQ
Q 最近感動したことは?
中島京子先生の『やさしい猫』を読んだこと。優しい作風で描かれるからこそ胸に迫る「現代日本」の不条理に心を打たれました
Q 会ってみたい作家は?
佐藤究先生。一見暴力に満ちた作品の背景に、学術書や哲学書から得た思想を取り込む手法にとても関心があります
Q デビュー作発売後、うれしかったことは?
各書店巡りをしているときに、よく読んでくださった方から感想をいただいたことや、生まれて初めてファンレターをいただいたりしたことです
◆あいさか・とうま 昭和60年、埼玉県生まれ。明治学院大学卒業。会社員の傍ら執筆活動を続け、令和3年、本作でアガサ・クリスティー賞大賞を受賞しデビュー。同作で第166回直木賞候補となった。