「きょうだい児」の感情を赤裸々に 漫画「血の間隔」に込めた実体験
--作品作りのきっかけは?
◆2016年7月に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件です。ニュースを見た時に電流が走ったような感覚で、妹との事がフラッシュバックしました。世間の反応は「ひどい」「かわいそう」というものだったけど、自分は違いました。「僕も昔この事件のきっかけとなった優生思想の感情があったのかもしれない。人ごとではない」と心がざわついたんです。その後、福井で暮らす妹と帰省する度に積極的にコミュニケーションを取るようにしました。それまで「なんでこんなことがわからないんだろう」と聞いていた妹の話を、「こういうことを伝えたいんだろうな」と寄り添って聞くようにしたら、徐々に距離が縮まりました。そうした経験を作品で描こうと思ったんです。
――主人公・知幸は小学生の頃、特別支援学級に通う妹・知恵の担任に「知恵ちゃんがおもらししてしまったので一緒に帰って」と頼まれます。級友に妹の存在を知られて絶望し、「なぜ俺の妹は普通ではないのか」と知恵を蹴ってしまう場面は、実話ですか?
◆実話です。僕が小学5年、妹が2年の時の話で、妹と距離を置くきっかけになった事件です。先生に悪気はなかったけど、僕はその時の恥ずかしさや憤りの感情をそのまま妹に向けてしまいました。そして、それが後悔としてずっと自分の枷になってしまったんです。
――妹に障害があることを級友に知られて絶望したのは、級友から自分も差別されると思ったからですか?
◆はい。やっぱり小学生の頃は一番その感情が強かったです。割とちょっとしたことでいじめられてしまいますし、昔から僕は臆病で、その標的にだけはなりたくないと必死でした。
――当時、ほかのきょうだい児と話をする機会はありましたか?
◆なかったです。実は、作品を描き終わるぐらいまで「きょうだい児」という言葉があり、そうした人たちのコミュニティーがあることも知りませんでした。当時同じような悩みを相談できる相手がいなかったことは、妹と距離を置く理由の一つになったと思います。
――妹を「消えてほしかった」と思うなど、自分の負の部分を描くことへの葛藤は?
◆想像以上にしんどかったです。僕が妹を「恥ずかしい」「消えてほしい」と思ったことは事実ですが、「これを表に出したらどう思われるんだろう」と悩みました。でも、この話は僕が妹との距離を縮めていく話なんだということが決まっていたので、描き進めることが出来ました。自分が妹との関係を整理できていなければできなかったと思います。
――一番力込めた場面は?
◆物語の後半、第15話で、結婚する彼女や同級生と焼き肉屋に行く場面です。その場にいた彼女の友人が、彼女に「家族に障害者のいる人と結婚して大丈夫か」というような事を言います。それに対し、主人公は「障害者である前に、知恵は俺の妹なんだ」と伝えました。それまで妹に関して自分の意見を他人に言えなかった主人公が、恥ずかしがらずに妹の存在を証明できた。ここは描きながら、特に感情を込めたシーンです。
――作品の舞台は故郷の福井ですね。
◆地元を舞台にしないと、作者である僕自身が感情を入れにくかったからです。リアリティーを出したくてセリフに方言を使いましたが、「少し読みにくい」という感想がある一方で、地元の読者さんの中には「福井弁だ!」と喜んでくれる方もいました。
――ほかに読者からどんな反響がありましたか?
◆一番多かったのは、やっぱり「私もきょうだい児です」という内容です。実際年齢を聞いてはいないですが、20~30代が多いイメージです。この年代は親が亡くなった後、障害を持つきょうだいの世話をどうするかを考え始める年齢で、「私は施設に入れる」という意見もありました。ほかには、「こんな世界は知らなかった」とおっしゃる方や、「感動した」と言ってくださる方もいました。
――作品を通じて伝えたいことは?
◆障害がある人を「障害者」というカテゴリーで分けずに、一人の人間として見てほしいということです。一人一人感情があり、性格も違って、人生がある。そこを見ていれば、やまゆり園事件は起こらなかったのかもしれません。犯人の語る優生思想は、人を見下したりマウントを取ったりすることの延長線上にあり、多くの人が持っている感情とさほど大差は無いと思います。ただ、その種が悪い風に芽吹けば、あのような事件が起こると思うんです。その種になりうる感情がもし自分の中にあるのであれば、この作品を読んで多くの人に考えるきっかけを持ってもらえたらと思っています。
――悩んでいるきょうだい児にメッセージがあれば。
◆悩んでいる方は本当に多いと思います。「血の間隔」はきょうだいや家族と距離を縮めようと努力する話ですが、無理にそうしなくてもいい。僕の家族は、漫画で描いたような(妹と共に過ごす)選択が正しかったと思うけど、きょうだいを施設に入れることで自分を保てるなら、それは最良の選択だと思う。どういう立ち位置、どういう距離で過ごすのかを、家族と向きあい、結論を出すことが大事なんだろうと思います。漫画を読んだ人が「私の家はこうだ。じゃあどうすべきか」と、自分に立ち返ってもらうのが一番良いのかもしれません。
◇吉田薫(よしだ・かおる)さん
1985年生まれ、福井県越前市(旧武生市)出身。2014年、「オルトルイズムの紙」でデビュー。19年12月~21年3月、電子書籍配信サービス「まんが王国」で「血の間隔」(全18話)を連載。現在は江戸時代の農村を舞台としたパニックホラー「さるまね」を「ゼノン編集部」で連載中。