我がない人の強さ描く 「極楽征夷大将軍」で直木賞射止めた垣根涼介さん
冗談で始まったやりとりが、直木賞につながった。単行本で2段組540ページの大著の受賞作は昨秋まで2年半、文芸誌に連載された。当初、別の内容を考えていたが、足利尊氏についての資料も集め始めていた。
「軍記ものを読んでも勇ましいものは何もなく、フラフラして中身は空っぽ。尊氏を書くとしたらタイトルは『極楽征夷大将軍』かな、と担当編集者につぶやいたら、〝それです〟って。1年くらい、書くのはイヤだと抵抗していた。尊氏と一緒ですよね」
足利宗家を継ぐことを徹底的にいやがり、軍を率いて出兵することも尻込みした。しかし、いざ戦(いくさ)となると連勝、周囲にも慕われた。
「たとえば、いまの日本も、日本だけでは成り立たない。我(が)を通すのではなく、我(が)がないような人のほうが強いのでは」と、尊氏と現代日本の共通項を見いだす。直木賞候補になるのは「室町無頼」(平成28年)、「信長の原理」(30年)に続き3度目。現代をテーマで扱うより鮮度が落ちにくいからと、デビュー時から歴史小説を書こうと志してきた。
20代後半、勤務していた会社の給料が減り、マンションのローン返済が厳しくなりそうになった。掛け持ち可能な収入源として選んだのが小説執筆。応募作が受賞したことをきっかけに専業となり、間もなく四半世紀。「読んでくれた読者のおかげで続けられた。書きたいものがあるうちは、書き続けたい」
夜は10時までに寝て、朝5時から執筆に取り掛かる〝極楽〟とは対照的なストイックな日々を送る。「人生30度目くらいの禁煙」が3カ月続き、食事がおいしく感じられ体重は7キロ増の73キロに。殺到するであろう執筆依頼が、ダイエット代わりになりそうだ。(伊藤洋一)