川内有緒 執筆に行き詰まったとき「人間の内面にダイブしよう」と思った
(『中央公論』2023年6月号より抜粋)
――フリーの著述家には新聞や雑誌の記者出身者が多いですが、川内さんは、コンサルティング会社や国連に勤務したのちの異色の転身です。そのキャリアは、マスメディアが退潮するいま、将来の書き手にとって一つのロールモデルになると思われます。これまでに3作品で受賞していますが、まず、最新刊『目の見えない白鳥(しらとり)さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル、以下『白鳥さん』)の読者からの反響を聞かせてください。
『白鳥さん』の主人公、白鳥建二さんに出会ったのは、前作『空をゆく巨人』(集英社文庫)の出版直後でした。これは、福島県いわき市に暮らす志賀忠重(ただしげ)さんと、中国人の芸術家・蔡國強(さいこっきょう)さんの30年間の出来事を、過去も含めて再構築し、物語として描いた作品です。たくさんのインタビューや膨大な文献調査をした上で書くことは思った以上に大変で、書き終えたばかりの私はやや疲れていました。次の作品は深く調査する社会的テーマでも、人物の評伝でもなく、どんなものが生まれてくるかわからないような生っぽいものを手掛けたいとぼんやり思っていたとき、白鳥さんが現れたのです。
全盲である白鳥さんとの美術館めぐりは、趣味の延長で始まりました。それがだんだん積み重なり、なんとなくこの本に着地していった。
結果的に、あまり見ないタイプの本になったと思います。アート本といえば、作家や美術館自体に着目したもの、芸術作品にまつわる物語を描いたもの、作品の解釈や見方を提示するものが中心で、鑑賞者がどう作品を観ているかを扱った本はほぼありません。白鳥さんとのやりとりから生まれた様々なテーマがすべて放り込まれているので、内容もあっちに行ったかと思えばこっちに戻ったりして、ある意味で散漫なものになりました。どれくらいの人に読まれるのか、刊行前は版元も私も見当がつきませんでした。「全然読まれないのではないか」と不安が募り、発売日には編集者たちと書店を謝罪行脚しようかと思ったほどです。
でも実際には、発売直後から大きな反響をいただきました。「美術鑑賞の仕方が変わった」とか、「こんなふうに自由に観てもいいんだ」といった感想から、目が見える・見えないのメカニズムや、私たちがものをどう見ているかに興味を持つ人もいました。差別や障害の本質を考察した後半部分は、「読めてよかった」という人、「美術の話に絞ったほうがよかった」「白鳥さんについてもっと書いてあればよかった」という人など、様々でした。
読者の9割からは肯定され、1割からは「この本は好きじゃない」「つまらなかった」と否定されました。そもそもこの本は、いきなり空想のバスに乗るところから始まるので、通常のノンフィクションとは違っています。読者の評価が割れるのは、当たり前かもしれません。