命の尊さや震災の記憶を次世代に。今年10月に開館する「南三陸311メモリアル」の詳細が発表
同館は、東日本大震災で被災した地元の人々の体験を伝えるとともに、防災・減災について自ら考えるきっかけを提供することを目的にした施設。8月29日に都内で行われた開館前記者発表会で南三陸町の佐藤仁町長は、「施設名でもある『メモリアル』には追悼ということも含まれている。この施設のメッセージとしては、震災で犠牲になられた、明日を生きるはずだった方々の思いを決して忘れずに、たったひとつの尊い命をどうしたら守れるのかを自分ごとして考え続けていただきたい」と話している。
建築設計は建築家・隈研吾が担当。隈は、同館が位置する南三陸町の道の駅「さんさん南三陸」と、2017年3月にオープンした商業施設「南三陸さんさん商店街」、そして20年10月に完成した「中橋」のグランドデザインも手がけており、佐藤町長は「隈先生の3部作の意味で、今回の震災伝承館は本当の集大成だ」としている。
南三陸311メモリアルの館内は主に6つのエリアで構成。ボルタンスキーのインスタレーション《MEMORIAL》を展示する「アートゾーン」のほか、震災にまつわる様々なエピソードを町民たちの証言とともに紹介する「展示ギャラリー」や、自分ごととして自然災害について考える「ラーニングシアター」などのほか、2階には遠く海を臨む展望デッキが設置される。
ボルタンスキーに作品制作を依頼したのは、2019年6月に国立新美術館での回顧展
のために作家が来日したときだった。佐藤町長によると、震災直後に三陸海岸を訪れたボルタンスキーはすでに作品の構想を立てており、作品制作を即座に快諾したという。
作品は、ボルタンスキーの代表作である錆びたビスケット缶を積み上げるインスタレーション。ビスケット缶は、町内の板金工場が作家に確認をとりながら手作業で制作を行い、南三陸町の潮風のなかで風化させたものを使用している。
昨年7月の作家の急逝を受け、ボルタンスキーの全世界での作品制作を手がけているアトリエ
エヴァ・アルバランや隈研吾建築都市設計事務所とともに完成を進めてきたという。
また、館内にある震災後の町民たちが支え合いながら生きる姿や感謝を伝える交流スペース「みんなの広場」では、写真家・浅田政志が町民たちと話し合ってつくりだした写真作品を展示。2013年秋に始まり昨年の夏まで続けられた「みんなで南三陸」と題されたこのプロジェクトの作品は47点にのぼり、同館では、このうち19点を常時展示する。
なお10月1日の開館とともに、オープニング展「あの日、生と死のはざまで」(10月1日~2023年2月14日)も開催。前出の展示ギャラリーでは、防災庁舎で九死に一生を得た人々の証言を紹介する常設の映像作品《あの日、防災庁舎で》のほか、震災に関連するエピソードのバナーや証言映像の展示が行われる。
震災から11年以上の年月が経ついま、同館の開館の意義について佐藤町長は次のように述べている。「度重なる自然災害や、まだ終わりの見えない争いの映像を目にする度に、私たちは命の尊さや、有事の際にはこの命を守るということの行動の難しさなどをしっかりと次の世代に伝えていく責任がある。また、それこそがご支援いただいた皆さんへの恩返しでもある。このような思いから、南三陸311メモリアルの開館は、南三陸町が命を思う町であることの一歩になる。この施設の開館により、新たな要素として、災害とは切り離すことができない、命に向き合い、様々に思いを巡らせたくなるような町を目指していきたいと考えている」。