84歳・吉増剛造が思う、スマホとパソコンは言葉をどう変えたのか
2021年に最新詩集『Voix』を刊行した吉増に、作品制作を行った同館内の部屋、通称「剛造ルーム」にてインタビューを行った。部屋の本棚には作品制作中に読んでいた本が並べられ、窓ガラスには萩原朔太郎の詩篇『亀』が直接書き込まれている。展示期間中にはこの「剛造ルーム」も公開されており、ドアのあたりから室内を覗くことができる。
『Voix』を「最後の詩集」だという吉増は詩業60年を超える。あらゆるメディアと環境が変化し続けたこの60年間で、「詩を書く」ということはどのように変わっていったのか。またそうしたメディアと環境の変化に、自身の表現はどのような影響を受けたと感じているのか。お話を伺った。
――2021年に刊行された『詩とは何か』では、詩の本源をハイデガーの「杣道」という概念に喩えていらっしゃいました。それは“「ほんとうのこと」への小さな小さな、細い小径”をたどるなかで、“ふっと森の中の小さな場所に出るようなこと”だと説明がなされていましたが、そうした詩の生まれる瞬間の感覚のようなものは、詩を書きはじめてから今まで変わらないものでしょうか。
初発のエネルギーで書いていくというところは全く変わらないね。
――初期の作品にはエクスクラメーションマーク(! )の多用に見られるように疾走感と勢いが強く感じられます。対して近年の作品には、姿のないものたちの声を聞くような儚さも感じられます。そうした力の変化についてはどうですか。
エクスクラメーションマークを多用して勢いをつけていた時期とは変わってきたけれど……でも、たとえばコンピューターゲームでスラッシュ(/)にはじめて出会ったときに、ある意味ではこれはエクスクラメーションマークの変形だな、と思った。そういうふうに、力強さというのはどこで化けて現れ出るか分からないものです。まぁ、だけど65年も書いてきているからねぇ。エネルギーは足りなくなってきているね。