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《『食客論』紹介エッセイ》批評における「わたし」とはだれなのか
2023-05-07
《『食客論』紹介エッセイ》批評における「わたし」とはだれなのか

 ロラン・バルトやフーリエ、石原吉郎らのテクストに潜む「食客」という形象を通じて、「わたしたち」の生のあり方を問う評論集『食客論』(星野太著)。

 はじめての連載評論集である本書を書いた経験を振り返りながら「文芸批評」というジャンルについて書いていただきました。

 (「群像」2023年6月号「本の名刺」より転載)
 これはどういうジャンルの本なんですか。

 つい先日上梓したばかりの『食客論』について、時々そのような問いを投げられることがある。それに対してわたしは大体、文芸批評です、と答えることにしている。「文芸」誌で連載された「批評」なので、文芸批評─なかばトートロジーのようなこの回答が、しかし本書については不思議としっくりくるように思われるのだ。

 これまでさんざん指摘されてきたことだが、日本における文芸批評というジャンルはきわめて特殊である。たとえば小林秀雄、吉本隆明、柄谷行人の書いたものを考えてみれば明らかであるように、それはかならずしも、同時代の文学作品をめぐる評論文のことを意味しない。かといってそれは、具体的な作品への言及を欠いた、たんなる抽象的な思弁でもない。基本的にはそのどちらでもないが、時と場合によってはそのいずれでもありうるところに、日本における文芸批評の懐の広さがある。すくなくとも若かりし頃の自分に、日本の文芸批評はそのように見えていた。

 本誌で『食客論』のもとになった連載を始めたときも、当然そのことが頭にあった。古今の具体的な作品と観念的な思索が、ジャーナリズムとアカデミズムが、歴史叙述と思考実験がシームレスにつながる、そんな自由な空間を思うままに描き出してみたい。そのように思った。

 本書では、「われわれ」と「わたしたち」という一人称複数形の人称代名詞に加え、「わたし」という単数形の代名詞を用いた。前二者の使い分けは厳密である。本書で「われわれ」と書くとき、そこに含意されているのは─たとえば学術論文にあるような─匿名的な「人間一般」である。他方、本書で「わたしたち」と書くとき、そこにはより具体的な「わたしたち」、つまり生身の肉体をもった人間たちが想定されている。英語で言うところの「one」と「we」の差異をこの二つの単語に忍ばせた、と言えばよりわかりやすいだろうか。

 問題は「わたし」である。この「わたし」とは、いったい誰のことなのか。常識的に考えるなら、それはこの文章を書いているわたしのことである。とはいえ、問題はそれほど単純ではない。本書においてときおり顔をのぞかせる「わたし」というのは、いまこの文章を書いているわたしとはかならずしも同一の人間ではないからだ。

 本書の「わたし」は、しばしば唐突に、ふだんは心の内に秘めている「生きづらさ」のようなものを告白する。他人と生きることが得意でないだとか、他人と食事をすることが得意でないだとか、そういう陰険なことをしばしば口にする。だが、それは厳密に言うと、著者であるわたしの現在の実感とは異なるものだ。ここに書き連ねた「わたし」の言葉は、若かった頃の生きづらさが今になってようやく表出されたもので、短絡的にそれを著者の告白と取られるのもすっきりしない。いずれにせよ、文芸批評における「わたし」の言葉が、単純に著者の言葉を代弁するものであるとは、わたしは思わない。

ソース元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/0b012722df5e60f565524e8862a723c8b866eddf

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