未来の芸術のための実験場。清春芸術村の光の美術館で、真鍋大度4年ぶりの個展「EXPERIMENT」を見る
真鍋は1976年東京都生まれ。東京理科大学数学科、国際情報科学技術アカデミー(IAMAS)卒業後、2006年株式会社ライゾマティクス設立。身近な現象や素材を異なる目線でとらえ直し、組み合わせることで作品を制作。アーティスト、インタラクションデザイナー、プログラマ、DJとして、 アナログとデジタル、リアルとバーチャルの関係性、境界線に着目し、デザイン、アート、エンターテイメントの領域で活動してきた。
本展は真鍋の4年ぶりの個展。展覧会タイトルの「EXPERIMENT」について、真鍋は次のように語った。「作品なのか実験なのか、その評価がすぐにできないようなことをやっている。今回の展示で見てもらう作品がどういった義技術や思想を示唆していたのかは、数年後にようやくわかることかもしれない。少し先の未来を実験として提示するので、多くの人に体験してもらい未来を想像してほしい」。
本展の会場となっているのは、安藤忠雄が設計した「光の美術館」だ。コンクリートの質感がむき出しの同館に、真鍋の作品が4点展示される。
1作目は《Telephysarumence》だ。モニターと観客側を向いたカメラで構成された本作は、粘菌のシュミレーションと設置されたカメラがとらえた観客の動きを素材として、映像と音を生成する作品だ。
周囲の環境変化を察知して予測不能な動きをする粘菌の性質を利用し、周囲の観客の動きをシュミレートすることで音像を生み出す。機械学習ではなく、実在の生物の性質を信号化することクリエイティブを生み出すことを目指した。
会場である光の美術館と、長坂コミュニティセンターに設置されたモニター/カメラを低遅延の高速のネットワークで結ぶことで生まれたのが2作目の《Teleffectence》だ。本来はその空間の特性に応じて生じる反響(エコー)を計算によってつくり出し、それを映像として出力。カメラがとらえた映像が幾重にも重なり、視覚的にもエコーが生まれる。
3作目の《dissonant
imaginary》は、真鍋が制作した効果音と音楽を被験者に聴かせ、浮かんだ情景を可視化したもの。京都大学とATR(国際電気通信基礎技術研究所)による神谷之康研究室の、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定される人の脳活動を機械学習によるパターン認識で解析する「ブレイン・コーディング」という技術が用いられている。
被験者の脳情報から映像を生成し、例えば飛行機の音が聞こえると、飛行機と思わしきイメージが映し出されるなど、脳の信号がビジュアルとして現れる様子を見ることができる。
そして、4作目《Cells:A
Generation》はラットの脳の細胞を計算資源としてアートを生成する実験過程で生まれた作品。人工知能によって生成されるアートによる表現がすでに普及し新規性が希薄になるなか、真鍋は次なる素材として脳や生物材料に着目し、東京大学の高橋宏知研究室と協力しながら実験を続けてきた。
本作ではラットの脳細胞に信号を与え、ブロック崩しゲームの環境を用意した。成功すると報酬、失敗すると罰という信号パターンを学習させ、脳の細胞は次第に罰が少ないようにブロック崩しゲームを攻略。その過程を画像で変換することでイメージを描いた。
真鍋は本作について「絵具を使って絵画を、石材を使って彫刻をつくるといった、芸術的行為と同様の制作行為と似ている」と語る。本作はまだ実験の過程であるが、将来的には真鍋の脳オルガノイド(多能性幹細胞から分化誘導された、生体と類似の構造を持つ三次元脳組織)が絵や音楽を描くことを目指しているという。
今回、発表された作品はいずれも「EXPERIMENT(実験)」であり、真鍋の活動の成果発表のような位置づけだ。しかしながら、人間の想像力や、それにもとづく創作行為の根源、意識と無意識のはざま、そして生命の定義を問う倫理的など、多様な観点と可能性が含まれている。
コンクリートの空間に並んだモニターとカメラで淡々と発表された作品群は、いずれも過去の真鍋が手がけてきた大掛かりなシステムを利用するインタラクティブなアートではない。しかし、そこにはありえる未来を描こうとするダイナミズムが宿っていた。