「つりしのぶ」作りの江戸川無形文化財・深野さん最後の品販売
つりしのぶは、ヤマゴケを巻き付けた竹の芯材などにシダ植物の「シノブ」をはわせて作る。屋形船や井桁などの形があり、軒先につり下げて涼しさを演出する夏の風物詩。江戸時代に庭師が得意先へのお中元として作ったのが始まりとされ、手入れすれば数年単位で使うこともできる。シノブを採集する人の減少や後継者不足などで、現在都内では「萬園」が唯一の専業生産者となっている。
深野さんは、初代の父の代から約65年間つりしのぶ作りに従事。杉板を「井」の形に組んで作る「井戸」などの作品を考案し、1994年に区の指定無形文化財に登録された。シノブを採集する人が減った近年は、英子さんと2人で良質な素材を採集してくれる人を見つけるため、関東から東北地方まで奔走した。
つりしのぶ作りは、冬に素材を仕入れて翌夏に向けて仕上げをしていくため、生産量の管理が難しい。例年500~600個を作ってきたが、新型コロナウイルスの流行で販売機会の確保の見通しが立たず、近年は200個程度しか生産できなかった。英子さんは「家族から『そろそろ引退した方が良いのでは』と言われても、『俺はこの仕事しか知らない。死ぬまでやるんだ』と返す人でした」と振り返る。
亡くなったのは4月8日。心不全だった。区の関係者によると、同区で開かれていた伝統工芸を体験できるイベントの期間中で、前日まで元気に会場を歩き回り、つりしのぶ作り体験の参加者を指導していた。関係者は「陽気でおしゃべり好きで、地域の住民からも好かれる人だった」と惜しんだ。
35年創業の萬園は、英子さんと息子浩正さん(47)が今後も経営を続ける。英子さんは「90周年まではなんとか販売を続けたい」と話す。
深野さんが手がけた作品は、7月7~9日の「あらかわの伝統技術展」(荒川総合スポーツセンター)や、同22~23日の「江戸川区特産金魚祭り」(同区行船公園)で店頭に並べられる他、オンラインストアなどでも購入できる。【秋丸生帆】