【東京・日暮里】猫を愛した彫刻家が設計・監督した谷中の住居兼アトリエへ。|甲斐みのりの建築半日散歩
上京したばかりの20年ほど前に、東京育ちの友人に「東京で一番好きな美術館」といって案内してもらったのが、日暮里駅から徒歩5分ほどの下町の住宅街にある〈朝倉彫塑館〉。明治生まれの彫刻家・朝倉文夫が自ら設計・監督した住居兼アトリエが、朝倉がこの世を去った3年後の1967(昭和42)年から一般公開されている。
朝倉自ら“アサクリック”と呼んだ自己流の美意識や哲学に基づき、細部にまでこだわりや工夫を凝らした心豊かになれる空間。それから私も、美術、建築、下町、猫好きの友人たちにぜひ足を運んでほしいと強くすすめたり、下町散策がてらともに訪れるようになった。
猫好きな人にこちらをすすめる理由は、朝倉が愛猫家で、ときに10匹以上の猫を飼い、猫をモチーフにした多くの作品を残しているからだ。もともとは東洋蘭のための温室だった「蘭の間」には、今にも動き出しそうな猫の作品が常設展示されている。私自身もこよなく猫を愛しているため、猫好き仲間同志の交流があり、猫をデザインした館オリジナルグッズの一筆箋や封筒をおみやげにしては喜ばれている。
東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業した朝倉は、台東区谷中に小さな住居とアトリエを構えた。その後、敷地の拡張や増改築を経て、1935(昭和10)年に現在の建物が完成している。敷地内の中心には、朝倉の考案にしたがって造園家・西川佐太郎が作庭し、大半を水面が占める中庭が。その庭の四方を、木造とコンクリート造の建物が囲む構造。建造物は国登録有形文化財で、建物を含む敷地全体が国の名勝に指定されている。
数寄屋造を好んだ朝倉は、家族が過ごす居間、自室、寝室が並ぶ私的な住居棟には、日本古来の住宅様式を活かした木造を採用しているが、朝倉が主宰した朝倉彫塑塾の学びの場でもあった公的なアトリエ棟には、本来の趣味ではないというコンクリート造を取り入れた。それというのもアトリエで背の高い大きな彫刻を自在に制作できるよう、電動で上下する昇降台を設置するために構造上必要だったからだ。結果、木造とコンクリート造で公私の空間が分かれ、その対比こそが建物の趣をなしている。