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『六月の蛇』監督・脚本・製作:塚本晋也 評者:吉田伊知郎【気まぐれ映画館】
2023-06-29
『六月の蛇』監督・脚本・製作:塚本晋也 評者:吉田伊知郎【気まぐれ映画館】

 山本周五郎の小説の題名ではないが、最近は映画を観ていると「季節のない街」と感じることが多い。

 いったい、それがいつの季節なのか判然としないのだ。もっとも、現実に目を向ければ日によって寒暖差が激しく、暦通りに衣替えを行うことなど不可能になりつつあるのだが。

 そんな中、「季節のある街」を感じさせる稀有な新作が、阪本順治監督の時代劇『せかいのおきく』。

 糞尿のくみ取りを行う若者たちと、長屋の住人を描き、それぞれの季節に降る雨や雪を情感豊かに映し出している。雨はやがて大地を水に浸し、川を増水させ、厠(かわや)からは汚水が溢れ出る。画面からは空気の湿り気が伝わってくるようだった。

 そうした湿気に満ちた映画といえば、『六月の蛇』(2002)が忘れがたい。『鉄男(てつお)』『野火』で知られる塚本晋也監督が、全編に降りしきる、映画史上屈指の雨の中で描いたサスペンスである。

 りん子(黒沢あすか)は、心の健康センターで電話カウンセラーをしつつ、潔癖症の夫・重彦(神足(こうたり)裕司)と都心の高級マンションで暮らしている。ある日、りん子が自宅で自慰中の盗撮写真が送られてくる。かつてセンターに自殺をほのめかす電話をかけてきた道郎(塚本晋也)の仕業だった。写真のネガを渡すことを条件に過激な要求を突きつけられるが、その後も写真は送られ続け、要求がエスカレートしていく。

 物語をたどれば、数多く作られてきたピンク映画やロマンポルノの後追いに思える。実際、ヒロインが強要に応じて過激な服装や行為をするうちに、自身の秘めたる内面を発見していくという展開だけを捉えれば、そうした思いはいっそう強くなる。

 しかし、これまで塚本映画で描かれてきたテーマが凝縮された形で提示される本作では、見世物的なエロティシズムを超え、都市と自然に人間の肉体が同化していく姿が提示される。

 それを体現する黒沢あすかが素晴らしい。不安定で朧げな彼女が、道郎からの要求に応じるうちに、強大な存在感を発揮していく。雨に打たれながら、力強くコンクリートの大地に立つ姿は感動的ですらある。

 夫を演じた神足裕司という意外な配役にも驚かされることになる。妻の視点から描かれる前半は脇役然として収まっているが、後半は変身を遂げて怪演を見せ、円みをおびた肉体や頭部がオブジェのように映し出される。

 そのふたりを翻弄するストーカーを演じる塚本晋也の痩せ細った身体も含め、三者三様の肉体は、雨に濡れることで異様な迫力を持ち始める。

 無数の針が天から落ちてくるような物量感、痛々しさで描かれる雨は、ブルートーンのモノクロという本作独自の色彩によって生み出され、実質的な主役といえる〈雨〉を突出させる。

 20年前の6月、渋谷のミニシアター、シネ・アミューズで本作を観た日のことは鮮明に覚えている。映画と同じ雨が渋谷の街に降り注ぐのを、いつまでも呆然と見ていた。


(『中央公論』2023年7月号より)


【評者】
◆吉田伊知郎
映画評論家・ライター

ソース元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/5606cdfa1417421525fc81a02da2e5cd083afd12

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