リクルートスーツを買う金もなかった僕は、一人の友人のために小説を書いた。
村上龍、村上春樹、高橋源一郎、多和田葉子、村田沙耶香ら、数多くの作家を輩出してきた群像新人文学賞を受賞し、22歳でデビューした島口大樹。デビュー作『鳥がぼくらは祈り、』で描いたのは、日本一暑い熊谷の街で生まれ育った高校生の「ぼくら」4人の物語だ。本書の文庫化を記念して、著者の特別エッセイをお届けする。
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初めての緊急事態宣言が発表された四月、僕は大学四年生に進級していた。掛け持ちしていた二軒の居酒屋では当然働けなくなり、周りの皆が就活を進めている中、必死にアルバイトの募集を探していた。リクルートスーツを買う金もなかった。何軒かのコンビニに面接に行ったが採用されなかった。似た状況の人も多いのか、どこも応募が急増しているらしかった。これからどうやって暮らしていけばいいのか、いつまでこんな事態が続くのか。生活の全てが不安に侵されていた。ままならなさに悲憤していた。なんとか仕事を見つけてからも、絶えず何かに、怒りを感じ続けていた。
古い友人から電話があったのはそんな頃のことだった。彼は共通の友人を襲った出来事について話をした。その内容を、ここでは記さない。けれども話されたことは、その共通の友人にとって、僕らにとって、あまりに大きな意味を持ったものだった。僕は憤った。僕らを覆う何かに激昂した。それから様々な感情が波の如く押し寄せ、暫くして凪いだ後、彼の為に何ができるだろう、と一人考えていた。既に各々の独立した生活があった。いつかのように絶えずつるんでいる訳にもいかなかった。そこで、僕はまるで他人のことのように、自分が作家を目指し、日々小説を書いていることを思い出した。たとえば誰かに才能があると言われたり、たとえば賞の候補になったり、そんな希望を抱くような何かは一度もなかったけれど、自分が良い小説を書いている、書けている、なんて思ったことは一度もなかったけれど、毎日毎日駄文を連ねてはいた。だから、その友人の為に小説を書こうと思った。小説を書き始めたのは大学に入ってからで、まだ数年しか経ってはいなかったのだけれど、初めて、誰かの為に小説を書こうと思った。エゴを押し付けることになるのだとしても、でもそれでいいと思った。