古今東西 かしゆか商店【淡路島の線香】
香りって不思議です。昔なじみの伝統的な香りでも、一人ひとりの違う記憶を呼び覚ますのだから。
「材料を練り合わせて細長くした線香は、安土桃山時代に朝鮮半島から伝来したもの。国産線香の製作は17世紀からですね」
と、創業約170年の香老舗〈梅薫堂〉5代目であり、香りを作る香司でもある吉井康人さん。
今回の旅先は線香の町として知られる兵庫県淡路市の港町・江井。江戸末期、冬場に船乗りの仕事が減ってしまうことへの対策として、大阪の泉州堺から線香作りの技術を導入したのが始まりだったとか。
「線香の質は乾燥で決まる。乾いた西風が吹く風土は線香作りに最適で、昭和30年代に日本最大の産地となりました。今もそれは変わらないものの、当時と同様に手仕事を続けているのはウチだけです」
昔は杉の葉を粉にしたものを練って成形した「杉線香」が中心でしたが、今はタブノキの樹皮の粉に、白檀や沈香などの香木や香料を調香する「匂い線香」が主流。調香は吉井さんが手がけています。
「いつも香りのことを考えていて、夢で感じた香りを目覚めてすぐメモすることもあるほどです」
この日は練った材料を細長く成形する工程を見学。材料を機械に入れて作動させると、細長い線香がパスタマシンのように押し出されます。まだ柔らかいそれを盆板で受け取るのはこの道50年の職人、鯉住清八郎さん。あっ! と言ってる間にどんどん押し出されてくる線香を、踊るような手つきでキャッチします。そーっと触れてみると、しっとり柔らかくてひんやり。硬めのモンブランみたいです。
それを大きな乾燥板へペランと移し替え、竹ベラ一本でぴっちり整列させるのは鯉住通代さん。気候や湿度によって変化する肌触りを、ヘラと手の感覚だけで見極めます。これがお二人で50年続けてきた技なんだな……と、息の合った仕事に見とれてしまいました。
「この後、約2週間かけて自然乾燥させます。原料の質はもちろん、調合や成形、乾燥の加減まで、ひとつひとつの工程が香りに影響する。だから手作りを続けるんです。長く愛される香りを作りたいし、本物は残り続けると信じています」
そんな吉井さんの言葉に触れ、〈梅薫堂〉の原点だという《初梅》を買い付け。真っすぐなようで味わいある姿にも、優しく静かな香りにも、コツコツとものづくりを続ける職人技が宿っています。