山下洋平 不断の監視・検証が地方メディアの信頼を育む【著者に聞く】
2020年1月に、香川県議会がネット・ゲーム依存症対策のための条例の素案を公表し、その中の「ゲームは1日60分まで」という時間制限が議論を呼んでいたのですが、同年3月にパブリックコメント(PC)で寄せられた意見のうち8割が賛成というニュースを見て、違和感を持ちました。話題になっていたとはいえ、普段は多くても十数件のところ2000件以上集まり、さらに8割が賛成というのは肌感覚でおかしいと思ったんです。すぐに賛成意見の詳細を見るために原本を開示請求したのですが、開示される前に条例は可決されてしまいました。そして、成立後に原本が開示されると、似たような文言が多数あることが発覚し、本格的な取材を始めました。
――条例の問題点はどこにありますか。
「ネット・ゲーム依存を防ごう」という目的自体は誰も反対しません。ただ、その対策方法や制定過程に問題があります。政治家も「やってる感」を出すために、手を付けやすいところを標的にして、利用時間の規制という安易な発想に陥ったのではないでしょうか。議員の高齢化もあり、無理解から来るネット・ゲームへの偏見もあったと思います。当時はちょうどコロナの感染拡大が始まった頃で、全国の小中高の一斉休校など、政策決定の科学的根拠が問われていた時期でもあり、似た問題を感じました。PCも「とりあえず意見を聞きました」と、アリバイとして利用されているのが実態だと思います。
――取材の成果はニュースやドキュメンタリーでも発信してこられましたが、書籍にもしようと思った理由は。
「条例は出来たら終わり」ではないということを伝えたかったからです。条例の制定過程や制定後の運用を、十分に監視・検証できていない私たちマスコミに対する自戒の念もあります。別にこの条例をすぐに廃止せよと言っているわけではありません。未知の事態に対処していくのですから、間違いがあって当たり前です。だからこそ、行政が間違いなら間違いと認めて、より実効性のある条例に磨きあげ、次に生かしていくことを期待していました。しかし、今回のゲーム条例の附則にも施行2年後の見直し条項があるのに、全くその姿勢を見せないことに怒りを感じました。後世に残すためにも、自費出版でもいいから絶対に本にしてやろうと思いましたね。
――山下さんはノンフィクション愛好家でもあるようですね。
好きな作家はたくさんいますが、一人挙げるとすれば、堀川惠子さんですね。私と同じく地方放送局出身のドキュメンタリー制作者でもあり、新作を読むたびに打ちのめされています。
また朝日新聞の三浦英之さんや元神戸新聞の松本創(はじむ)さん、元北海道新聞の高田昌幸さんも尊敬する人ですね。他にも地方に根ざして奮闘している方がたくさんいて、社も系列も違うものの、同志みたいな気持ちでいます。
――本書は調査報道の実践としても評価されています。
実は「調査報道をやるぞ!」と肩肘張ってやったわけではないんです。議論が一つの方向に流れていると「本当かな」と逆張りしたくなる性分もあって、ごく当たり前の取材を愚直にやっていたら、ずっと追っていたのが自分だけで、結果的に周囲から調査報道と言われていました。ただ、当局から発表された事実をそのまま報じるだけだとマスコミの存在意義がなくなるという危機感はあります。地方メディアこそ地域に根ざした取材をして埋もれた事実を掘り起こし、行政を監視して、信頼を勝ち得る必要があると思います。
――今取り組んでいるテーマは?
一つ挙げると、建築家の丹下健三が設計した「船の体育館」こと旧香川県立体育館の問題があります。保存活用を求める声があったのに、開かれた議論もなく解体が決まりました。近年、全国で貴重な建築物の取り壊しが相次いでいて、それらを守る方策や地元の合意形成のあり方について検証していきたいです。
(『中央公論』2023年8月号より)
◆山下洋平〔やましたようへい〕
1979年香川県生まれ。KSB瀬戸内海放送記者。東京大学文学部卒業後、同局入社。高知県で起きた白バイとスクールバスの衝突死事故をめぐる検証報道で、ギャラクシー賞の報道活動部門大賞を受賞。また企画・取材・構成を担当した番組「検証ゲーム条例」が、日本民間放送連盟賞の優秀賞を受賞。著書に『あの時、バスは止まっていた』がある。