被災物をモノ語りで伝える 気仙沼市リアス・アーク美術館の型破りな表現に注目〈AERA〉
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会場に入ると、空気感が変わる。フロアの真ん中にあるのは「被災物」だ。東日本大震災の津波被災現場で、学芸員たちが2011年3月から2年かけて収集したもののうちの155点が展示されている。震災を後の世に伝えていく使命感から、命がけで運んできたものだ。
被災物の大半は、かつては誰かの生活の中にあったモノ。一つひとつに、言葉が添えられている。「うちの子がね、大切にしてた“ぬいぐるみ”があったのね。それをね、すぐ帰れると思って、うちに置いてきてしまったのね…(後略)」
これは被災者の声をもとに、学芸員が創作したモノ語り(物語)。展示としては型破りな手法ともいえるが、記録を残すよりも「伝える」ために、この表現を選んだという。
■共有する回路
三陸沿岸部は津波の常襲地域。過去の津波が地域文化に与えた影響を研究する中で、東日本大震災が起きた。直後の3月16日からスタッフが気仙沼市で被害状況の調査と記録をし、13年から常設展「東日本大震災の記録と津波の災害史」として公開。展示は被災物にストーリー性を込めて表現するという他にない手法で注目を集め、公開から9年経った今も全国から訪れる人が絶えない。
担当したのは、館長で学芸員の山内宏泰さん。美術家でもある山内さんは、震災前から「感覚の共有」を追究してきた。展示でも美術的な表現方法を使うと伝わりやすいと考え、被災物のモノ語りを取り入れた。その語りには、実名が出てこない。そもそも持ち主がわからない。「複数の人が抱える思いなので、あえて匿名にしました」と山内さん。不特定の「誰か」が主人公だからこそ、知り合いを思い浮かべたり、自分に置き換えたりできる。モノ語りはいわば「たとえ話」とも。「似た経験から記憶を呼び起こし、相手も同じような思いをしたんじゃないかと想像することはできる」。そうして「知らない人に共有する回路」をつくっている。