【今週見るべきアート展】自然と対面して、描くこと。エレン・アルトフェストの視点
エレン・アルトフェストは、目の前にある対象を自分の目で見るという行為を持続的に繰り返し、細密画のような作品を生む。モチーフに照明を当てたり、写真を参照することはなく、太陽光の下で実物を詳細に観察し、絵にする。作品《木》は13ヶ月、《木々》は24ヶ月の時間が費やされたそうだ。いずれも決して大きなサイズの作品ではないが、《木々》は木の幹が本当にひび割れ、朽ち果て、またそこに苔が本当に生しているように見える。徹底的に見るという行為、自身の目、感覚器を信頼して紡ぎ出された小さい絵画。そこには枯れていくものとそれを土台にして繁茂していくものが同時に描かれており、形式や方法は違えど、曼荼羅のようにスケールの大きな世界が閉じ込められているように思える。とても小さなミクロの世界を見ていたのに、とても大きな世界を連想してしまうような。
絵画の表面にある絵筆を重ねていった凹凸も、ある種のリアリティを生み出している。ただ、それに対して、アルトフェストは「絵画なので、何度も何度も塗っていく。もし締め切りがなければ、私自身が“これでいい”としっくりくるまで、永遠に絵の具を重ねて作り上げていきます。特に意図的に凹凸を出そうとしているのではなく、時間の蓄積の結果、そういった表情が生まれているだけです」と言う。
森美術館で開かれている『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』では、その《木》、《木々》、また京都の厭離庵(えんりあん)で制作した《杉苔》を含め、彼女が身の回りにある自然を描いた12点の絵画を見せる。
この展覧会では、自然から採取した花粉やミツロウなどを素材に抽象的な図像やオブジェを空間内に配置するヴォルフガング・ライプのインスタレーション、オノ・ヨーコのインストラクションアート(※1)、北極点に自ら立ち、地球の自転と逆回転するというギド・ファン・デア・ウェルヴェのパフォーマンス映像など16名の作家、約140点の作品が会場に並ぶ。パンデミック以降のウェルビーイング(=心身、社会的に健康である状態)のかたちを探るうえで、こうしたアーティストの想像力をヒントにしようという試みだ。
※1 コンセプチュアルアートの形式のひとつで、作家からのインストラクション(指示)そのもの、あるいはその記述自体を作品としたもの。本展のタイトルはそのオノ・ヨーコの作品「グレープフルーツ」の一節にある「Listen to the Sound of the Earth Turning」から採られている。
「私にとって、ウェルビーイングな状態であるためには、頭のなかが明瞭でクリアであることが非常に重要だと思います。頭のなかというものは、ある種、鏡のよう。それが濁ってしまったら実際に私たちの目の前にあるもの、起こっていることを映し出せません」とアルトフェスト。以下は、彼女へのインタビューを抜粋・編集したものだ。
――作品《木》(2013年)は制作に13ヶ月、《木々》(2022年)は24ヶ月の時間がかかっていると聞きました。なぜ、そのような膨大な時間をかけるのでしょうか?
アルトフェスト まず、描く対象物を長く時間をかけて見ることで、そのものに対するコネクション、つながりというものを強く感じることができます。長ければ長いほど、多くのものを見ることができますから。ただ、絵を描いていると、そういった自分が見ているものすべてを描きたくなってくるものです。それに対してどこまで描くか、何を描くか、あるいは何を描かないか、私にとって有意義な意味をもらたすものは何かということを常に考えながら描いているので、時間がかかっているというのが正直な答えです。実際に13ヶ月かかる作品もありますが、私自身が完璧に集中していて、環境が理想的であれば、より短い期間で描き上げることもできると思います。京都の厭離庵(えんりあん)で制作した《杉苔》は、私自身のコンディションが完璧だったので、2ヶ月ほどで描くことができました。
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エレン・アルトフェスト(ELLEN ALTFEST)
1970年ニューヨーク生まれ、1997年イェール大学大学院絵画専攻修了。2013年、第55回ヴェネチア・ビエンナーレに参加。ベルウェザー・ギャラリー(ニューヨーク、2002年)、ホワイトキューブ(ロンドン、2011年)、ニューミュージアム(ニューヨーク、2012年)、MKギャラリー(英国、ミルトンキーンズ、2015年)などでも個展を開催している。現在、ニューヨークおよびコネチカット州ケント在住