博物館の持続可能性とウェルビーイングを考える。日本博物館協会とICOM日本委員会がシンポ
毎年5月18日の「国際博物館の日」。これは博物館が社会に果たす役割を広く普及啓発することを目的として、ICOM(国際博物館会:世界各地の美術館・博物館関係者4万人以上が加盟する、世界で唯一のグローバルな博物館組織)によって1977年に制定されたものだ。この国際博物館の日を記念し、ICOM日本委員会は5月21日に国立科学博物館で国際博物館の日シンポジウムを開催した。
今年のテーマは、「博物館と持続可能性,ウェルビーイング」。ICOMは2015年から持続可能性について議論を重ねており、19年の京都大会
決議では「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」の履行が採択された背景がある。
22年のICOMプラハ大会ではミュージアムの新定義が採択され、大きな注目を集めた。新定義では、「持続可能性」という言葉が確認できる。
ICOMによるミュージアムの新定義
「博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。」
国立科学博物館の理事・副館長でありICOM日本委員会副委員長の栗原祐司はこの定義に触れつつ、日本の博物館ではまだSDGsへの認識が低いと語る。「博物館が社会的課題を解決するにあたり、何をしなければいけないかを考える必要がある時代。さらに深掘りした議論が必要だ」。
では博物館は持続可能性、ウェルビーイングにいかに寄与できるのか? シンポジウムでは、緒方泉(九州産業大学地域共創学部教授)、下倉久美(東京都美術館学芸員)、邱君妮(東京文化財研究所アソシエートフェロー)によって、様々な角度からその可能性が提示された。
とくにウェルビーイングの観点からは、緒方によって紹介された「博物館浴」に注目したい。これは、博物館の持つ癒しやリフレッシュ効果を血圧や心理測定で数値化し、健康増進や疾病予防に活用する取り組みのことを指す(*)。博物館鑑賞がストレス軽減に寄与するということは科学的にも証明されており、緒方は博物館が「新たなウェルビーイング資源」に位置付けられるのではないかと、その可能性を示唆した。
22年に部分改正された博物館法では、第3条第3項(「地域における教育、学術及び文化の振興、文化観光その他の活動の推進を図り、もって地域の活力の向上に寄与するよう努めるものとする」)の留意事項に、博物館が福祉分野における取り組みやを行うことや、高齢化など地域課題を解決することを含むことが明記されている。日本には5000館以上の博物館が存在する。こうしたことを背景に、緒方は博物館が各地域の住民を健康にする役割が果たせるのではないかとしている。
無視できない博物館自体の持続可能性とウェルビーイング
シンポジウム後半では「これからの博物館を考える」と題し、元文化庁長官でICOM日本委員会委員長の青柳正規
と、大学院生らの対談が行われた。ここで特筆すべきは、院生らから指摘されたミュージアムの構造的な持続可能性・ウェルビーイングだ。
竹下春奈(明治大学大学院文学研究科臨床人間学専攻博士後期課程)は、「学芸員は立派な職種だが、現状雇用形態や社会的地位を考えたとき、就職先として不安定。博物館全体が学芸員のウェルビーイングを考える必要がある」と指摘。また田中直子(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科博士後期課程)も「働く人々が幸せを感じられることが重要」としつつ、「学芸員の仕事をオープンにすることも必要だ」と同意する。神道朝子(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士課程)も、「雇用に制度的な問題がある」と懸念を示した。
日本の博物館学芸員は、高い専門性を持つプロフェッショナルであるにもかかわらず、有期雇用など不安定な就労環境に置かれることも多い。
「美術手帖」が2022年に学芸員を対象に実施した調査でも、業務量の多さやパワーハラスメントの多さが浮き彫りになっている。
博物館界の将来を支える院生からの声。これ受け、日本博物館協会会長の山梨は「博物館内部のウェルビーイングは問題としている」との認識を示しつつ、「現場の声を集めて行政に届け、味方を増やしていきたい。博物館内部も健全に持続し、地域の安寧に資するものになれば」と、シンポジウムを締め括った。
博物館が持続可能性やウェルビーイングにいかに寄与するという議論は重要だ。しかしそれと同時並行で、その内部の持続可能性・ウェルビーイングに関する議論を重ねることも必須だろう。
*──九州産業大学ウェブサイトより