小さな虫に寄せる愛情を描く。サントリー美術館で「虫めづる日本の人々」展を開催。
展覧会は物語など、文芸作品に登場する虫たちから始まる。『源氏物語』『伊勢物語』などでは虫の音や蛍が登場人物の心情を暗示する、重要な役割を果たした。また、鳴く虫を捕まえて宮中に献上する「虫撰(むしえらみ)」という風習もあった。鳴き声の美しい虫とは、ずいぶん粋な贈り物だ。
虫の意匠は酒器、染織品、簪など身近な道具にもあしらわれる。中でも蝶は縁起がよいとされ、2羽の蝶が夫婦円満を象徴することなどから着物などに多用され、さまざまなデザインが生まれた。
六章構成の展覧会のうち、第三章では中国の「草虫図」にスポットをあてる。「草虫図」とは立身出世、子孫繁栄などの意味を持つ草花や虫を描いたもの。また『論語』が動植物の名を知り、知識を増やすよう奨励したことも「草虫図」流行の背景となった。この「草虫図」は日本でも将軍や大名に愛され、多くの絵師たちが描いている。
江戸時代中頃にはそれまで貴族の娯楽だった虫聴(むしきき)や蛍狩を庶民も楽しむようになり、その様子が浮世絵などに描かれる。街には虫売りが現れ、人々は籠に入った蛍や鈴虫を買い求めた。籠も趣向が凝らされて、虫への愛情が伺える。
牧野富太郎の植物画にも匹敵する精緻な筆致で描かれた虫の絵は、江戸時代に盛んになった本草学や名物学の影響によるもの。動植物の特徴や名称を知りたいという思いが、虫にも細やかな視線を向けさせる。
明治を迎えてからも虫聴、蛍狩りの風習は広がっていった。日本を訪れた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はそんな“虫めづる人々”を見て驚いたという。外国人向けに書かれた縮緬本に描かれた虫は、欧米の人も虜にしたことだろう。虫をめぐる日本美術に改めて、私たちがどれだけ虫を愛してきたのかを教えてくれる。
〈サントリー美術館〉東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階。会期:2023年7月22日~9月18日。10時~18時(金・土および8月10日、9月17日は20時まで開館。いずれも入館は閉館の30分前まで)。火曜休(ただし9月12日は18時まで開館)。会期中、展示替えあり。一般1,300円(前売り)ほか。