ザ・インタビュー 絶望でも生きる姿追う 作家・阿部和重さん著『Ultimate Edition』
「初期からよく報道記事をモチーフにして書いてきたけれど、最近は国内から世界の方に視野を広げ、そこから身近な問題を考えるようになってきた。だから国際情勢を題材にしたものが多いんですよね」
ロシア国内の混沌に材を取った犯罪物もあれば、北朝鮮の最高指導者・金正恩らしき人物の孤独と不安をつづった一編も。シリア内戦の惨状を複合現実上で体験するという未来の物語もあり、情報環境の激変にさらされた人間のありようが全体の通奏低音となっている。「映像加工にしてもフェイクかリアルか見極めがつきにくいところまで可能になって、普通に日常に流れ込んでいる。『自分がどこにいるのか』を見定めにくいのが今の情報社会。その距離感の混乱はずっと考えている」
そんな乾いた現実認識を基盤にしつつ、一筋の光を希求するのが、この作家の倫理なのかもしれない。米ロックバンド「ザ・ランナウェイズ」の曲名にちなむ「Neon Angels On The Road To Ruin」は象徴的。米企業家イーロン・マスクの登場もありEV化の波が押し寄せる自動車業界を舞台にした一編で、主人公である50歳手前のバツイチの男は給油所での仕事を失う。慰謝料も養育費も払い続けねばならない男はやがて、高級車窃盗団の一員に。しかも別の窃盗団のシマを荒らし、踏んだり蹴ったりの目にあう。
「なぜ犯罪に巻き込まれた状況を書くかというと、切羽詰まった人間が一番頭を使うからです。懸命に考え、何かを打破しなきゃいけない。それって万人に共通の体験だとも思うんです」と語る。
男の日常はタイトルにある「破滅への道」そのもの。でもラストで訪れる奇跡は小さくとも温かく、形はどうあれ、今生きているという事実の重みに目を向けさせる。「苦しい状況自体は一人の奮闘では変わらない。けれど、ある種の経験を通過することで気持ちだけは少し変わるかもしれない。現状に絶望している人たちが何とかして生きることが可能か? それを追求したかった」
再来年でデビューから30年。1990年代には、ストリートの風景を活写し、文学界に新風を送り込んだ。「文芸誌にあまりなかった風景だったから、自分がやってもいいだろうと。そこから『今』を追求する方向性ができた」と振り返る。最近の作品はより読みやすく、コミカルな味わいも増している。
「以前は全部書き尽くすという衝動にかられていたけれど、今は『削る』ことを心掛けている。形式を新しくすることへの抵抗はゼロなんですよ。むしろ、どんどん違うことをやっていきたい」
あべ・かずしげ 昭和43年、山形県生まれ。平成6年に「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受けてデビュー。『シンセミア』で伊藤整文学賞などを受賞。『グランド・フィナーレ』で芥川賞、『ピストルズ』で谷崎潤一郎賞。ほかに『ブラック・チェンバー・ミュージック』など著書多数。