【新刊紹介】芭蕉は偉大なストーリーテラーでもあった:下川裕治著『「おくのほそ道」をたどる旅 路線バスと徒歩で行く1612キロ』
もうすぐゴールデンウィーク。風薫る五月は、東北各地が一年で最も輝く季節だ。そろそろコロナ自粛の禁を解き、温泉にでも出かけようか、などと考えていたところ、書店の新刊コーナーで本書の帯が目に留まった。「300年の時を超える旅!芭蕉が歩いた旧街道を進み、名所・旧跡を訪ね歩く」──路線バスを乗り継いで「おくのほそ道」をたどるという新たな紀行スタイルに手が伸びた。
著者の下川さんは1954年長野県松本市生まれ。新聞記者を経てフリーランスとなり、主にアジアをフィールドに、バスや列車を乗り継ぐ「バックパッカー」スタイルで海外の旅を書き続けてきた。『12万円で世界を歩く』『格安エアラインで世界一周』などに代表されるハードでディープな旅への信奉者は多く、近年はシニア向けにより“ライト”な一人旅の作品も出している。
そんな彼が今回、なぜ「おくのほそ道」をたどろうと思ったのか。コロナ禍で海外旅行が難しいという事情もある。また、10年ほど前から句会に参加し、お寺や公園などを歩いて句をつくってきたという背景もある。だが、下川さんによると20歳代の頃から「気になって」いたのだという。
なにが“引っかかって”いたのかといえば、「月日は百代(はくたい)の過客(くわかく)にして、行(ゆき)かふ年も又旅人也(たびびとなり)」という書き出しである。
本書の冒頭で下川さんはこう語っている。
『旅を続け、それをもとに本を書くことを生業(なりわい)にしている僕にしたら、「おくのほそ道」は大いに気になるが、その文章はときに気恥ずかしい。かっこよすぎるのだ。読み進めていくと、旅の日々が行間を埋めはじめ、少しほっとする。しかし書きだしは高尚な響きすらする。』
『旅の文章を何回も書いてきた身にすれば、旅への思いは雑駁(ざっぱく)なものだ。いまの暮らしからの逃避ということもある。女性に振られると東南アジアへの旅に出、離婚するとインドをめざすという話もあった。とても、「行かふ年も又旅人也」とはいえないのだ。』
『「おくのほそ道」を読み進めていくと、ふと思うことがある。芭蕉はそれほど旅が好きではなかったのではないか……と。』
「おくのほそ道」は厚い本ではない。それでも芭蕉は推敲を重ね、何年もかけて世に出したという。そのなかで、紀行から文学作品にその色合いを変えていったのではないか……と下川さんは想像する。そして、芭蕉がたどった道に自分も立てば、「おくのほそ道」の行間を支配する空気を感じられるのではないか、と思った。