年末年始だからこそじっくり読みたいミステリ小説5作品(海外編)
今年もすでに、識者の投票で決まるランキングがいくつも発表になっているが、ちょっと待った! 多様性が叫ばれる昨今だからこそ、読書だって王道を行くばかりが能じゃない。多くの候補があり、その中から自分好みの作品を選べてこその選択の自由だろう。
ということで、当コラムでは、巷のベストテンからなぜか洩れてしまったり、その後に書店に並んだ出来たてホヤホヤの新刊などを交えたりしながら、読み逃し厳禁のお奨めミステリを、海外編と国内編の2回にわたり紹介してみたい。
年末年始だからこその贅沢で貴重な読書の時間を、どう充実させるか。そう思い悩み、迷う読者のブックガイドとして、少しでもお役に立てれば幸いである。
■「大唐泥犁獄」陳漸
海外編のトップ・バッターは、中国発。かつて海外のエンタメ小説といえば、英米を柱とした英語圏+フランスをはじめとするヨーロッパ諸国の作品と相場が決まっていた。
しかし、灯台もと暗し。実はここのところ、わが近隣の極東各国からも目が離せなくなっている。本年の収穫のひとつ、陳漸(ちんぜん)の「大唐泥犁獄(だいとうないりごく)」(緒方茗苞訳・行舟文化)も、そんな1冊だ。
唐朝の時代。仏法修行の旅を続ける玄奘(げんじょう)は、兄の長捷(ちょうしょう)が恩師を手にかけ、姿を消したことを知る。兄の行動を気にかける弟は、従者の波羅葉(はらは)を伴い霍邑県を訪れ、謎の自死を遂げた県令の事件に兄の関与を疑う。後任の県令郭宰(かくさい)の屋敷で旅装を解き、事の次第を解き明かそうとする玄奘だったが、なぜか次々災いに見舞われることに。
もうおわかりかもしれないが、玄奘とは三蔵法師のこと。本作は、四大奇書のひとつ「西遊記」の史実部分を巧みに本歌取りしている。色濃い伝奇小説の要素を支える作者の博識と奔放な想像力にも驚かされるが、江戸川乱歩も舌を巻くに違いない絢爛たる冒険絵巻には、歴史時代ミステリの要素も絡む。
懐の深いその物語性は、本好きなら癖になること必至だろう。本作は全5巻からなる「西遊八十一事件」と銘打たれたシリーズの幕開き編だそうで、早くも続刊が待ち遠しく思えてならない。
■「彼女は水曜日に死んだ」リチャード・ラング
今年のベストテンを総なめにした「われら闇より天を見る」は、英国推理作家協会(CWA)がその年のもっとも優れた長編ミステリに与えるゴールドダガーの昨年の受賞作だ。
そしてCWA賞といえば、こちらも忘れてほしくない。2015年のショート・ストーリー・ダガー(最優秀短編賞)の受賞作を擁するリチャード・ラングの作品集「彼女は水曜日に死んだ」(吉野弘人訳・東京創元社)である。
収録作を眺めると、境遇の隔たる妻と結婚した男が、思いがけず覗いた宝石ブローカーの義父の素顔に慄く「悪いときばかりじゃない」に始まり、仕事で死刑囚と向き合うしかない看守の静かな葛藤を描いた「ボルドーの狼」。そしてハイライトは、CWA賞の最優秀短編賞受賞作の「聖書外典」だろうか。メキシコ行きを夢見るしがない主人公と、その周囲で巻き起こる宝石強盗計画の皮肉な顛末が、乾いた語り口で詳らかにされる。
収録作の10編のほとんどが犯罪絡みの物語だが、謎解きがテーマのミステリ短編とはやや趣きが異なる。あえて言えば、主人公の心の底流を濃やかに描いてみせるノワール小説で、そのざらついた感触は、読む者の感情に爪を立て、心をざわつかせる。
個人的に一編を選ぶなら、ジム・トンプスンの長編から1章をまるまる抜き出したような「万馬券クラブ」だが、街に巣食う悪を摘出したような「ベイビー・キラー」や、凋落の人生にかすかな光明を投げかける「甘いささやき」もいい。