50年前の鉄道切符から始まる物語 同人誌『一枚の急行券から』に描かれる懐かしき日常
『一枚の急行券から』A5 表紙カラー・本文モノクロ
著者:しーさいど
作者さんはある日、古本屋さんで1冊の本を手に取ります。ぱらぱらとめくっていると、ページの間に何か挟まっているのに気付くのです。それは50年前の鉄道の急行券でした……ここまでは本当のお話です。作者さんは実際に体験したこの出来事から着想し、古本屋さんで切符を発見した経緯(けいい)を含めて、創作の物語としてマンガにされました。
マンガの主人公は学生の女の子です。ふとした巡りあわせから、当時の様子を想像してみます。切符は小田原から100キロ間の急行券でした。どんな人がこの急行券を買ったのかな? どの列車に乗ったのかな? と思いをはせ、物語は50年前へと。
当時、切符を購入したのは仕事帰りのサラリーマンかも? 彼はきっと仕事を終えて帰るところで……、と現在と過去が物語でつながっていきます。わずかな手掛かりからストーリーが続いていく様は、丸くてかわいらしい絵柄と相まって、登場人物たちのほのぼのとした日常に立ち会っているようです。
マンガだけを読むと、ごく自然に納得の物語が繰り広げられているのですが、解説のページには、これまでも鉄道や時刻表にまつわる同人誌を出されている方らしいポイントがたくさん書かれていました。乗車したのはいつ? 小田原から100キロ圏内に駅はたくさんあるけれど、どの駅で下車した? などを、実物の切符をもとに解説されるわくわく感は謎解きそのもの! 特に「切符に印字された日付と、挟み込まれていた本の発行日が1日違い」という点から「新刊を買って列車に乗ったのかも?」と考察する流れは見逃せません。
切符と本、どちらの発行日も印刷された、ただの記録です。しかしそれが交差し、想像することでありし日の見知らぬ誰かの姿が浮かび上がってくるような……なんてドラマチックなのでしょうか。この日常なのに劇的な物語は、限られた痕跡(こんせき)から情報を読み解く丁寧さと、“切符を使った誰か”を思い描ける豊かな発想力、その二つが作者さんの中にあるからではないかと感じます。