日本で生きる中国残留邦人 3世代の心情描く 医療通訳者が小説
筆者は、広島市出身の河内(こうち)美穂さん。広島大大学院修了後、1980年代後半に中国・遼寧大学へ留学し、そこで20人近い残留邦人と出会い、交流を深めた。
目の当たりにしたのは、祖国に見捨てられた被害者としての顔と、戦前・戦中は満蒙開拓などと称し、結果的に中国人の家や畑を奪う形になった加害の側面だった。国策で海を渡りながら、戦後は国家の罪を背負わされ、歴史に翻弄(ほんろう)される姿が脳裏に残った。
残留邦人の帰国は、72年の日中国交正常化で本格化した。河内さんは帰国後、埼玉県所沢市にあった中国帰国孤児定着促進センター(現中国帰国者支援・交流センター)などで働き、今も残留邦人の介護施設や病院に同行する医療通訳として支援に携わっている。
その傍ら、これまでに旧満州を巡るルポルタージュやノンフィクションを執筆。今回は、多くの残留邦人や2世と関わり、記録に残す中、それぞれの体験をあらためて集め、小説にまとめた。
小説の主人公は祖母、母、娘の3世代の女性たちだ。日本の敗戦後、旧満州で中国人夫婦に拾われて育った「中国残留孤児」の王春連、その娘の蒼紅梅、孫娘の楊柳。今は日本で暮らす3世代の来し方が、それぞれの視点で語られる。
中国では「日本鬼子」と差別され、文化大革命で弾圧にさらされた春連。医師を志すも出自を理由にかなわず、医療支援通訳として生きる2世の紅梅。3世の揚柳の兄は日本でいじめに遭い、学校からも社会からもはじき出される。歴史に振り回されながら、3人が日中のはざまでどう悩み、どう生きたかを描く。
河内さんがこれまで出会った残留邦人とその家族は数百人に上る。1世は高齢化が進み、多くが介護サービスを受ける。一方、2世は言葉の壁などから日本になじめず、生活苦に悩む人も少なくない。河内さんは「1世を巡る文革を含めた中国での暮らしぶりや、2世、3世の内面はあまり知られていない。物語につむいだそれぞれのアイデンティティーから、歴史の記憶の継承につなげたい」と話す。
1980円。発行元は現代書館(03・3221・1321)。
◇中国残留邦人
1932~45年に日本の国策による農業移民「満蒙開拓団」などとして旧満州(現中国東北部)に渡り、戦後の混乱で現地に取り残された日本人。そのうち肉親と離別した子どもは残留孤児と呼ばれる。これまで身元が判明した約6700人が永住帰国した。来日した家族や帰国後に日本で生まれた子、孫らを含めると10万~15万人に上るとされる。