香りとともに名作を楽しむ展覧会 嗅覚が旅行をもっと豊かにする
香りは過去を体験できる強力なタイムマシンであるにもかかわらず、香りにまつわる歴史はほぼ見過ごされてきた。現在、香りを無形文化遺産として保護する取り組みが進められており、旅行者は複雑な香りから忘れ去られた場所や伝統、変化する自然環境の物語を体験できるようになっている。
過去の香りを再現するのは容易ではない。2022年に開催された「フォロー・ユア・ノーズ」展のため、ウルム博物館はオデウロパと手を組んだ。オデウロパは、人工知能や官能解析ツールなど新たな手法を用いて、ヨーロッパの遺産の香りを特定して保存しようというプロジェクトだ。展覧会の香りは、米大手香料メーカーのインターナショナル・フレーバー・アンド・フレグランス(IFF)の調香師が創作しており、作品に無害なオイルなどをブレンドして化学的に本物そっくりな香りを再現した。
オデウロパで香りの遺産の研究を率いるセシリア・ベンビブレ氏は「博物館や美術館は制御された環境ですが、必ずしも実生活ほど豊かな体験が育まれるとは限りません」と語る。「これはもったいないことです」
香りの力を利用した展覧会はほかにもある。フランス、パリのルーヴル美術館は2022年、静物画コレクションと関連する香りのツアーを始動した。スペイン、マドリードのプラド美術館では、ヤン・ブリューゲルの絵画「The Sense of Smell(嗅覚)」から着想を得た香りの展覧会が開催された。
「香りは視覚媒体に興味を示さない人々を引き込むことが可能です」とベンビブレ氏は話す。「視覚障害者や違う体験を求めている若者にアピールできるのです」
ベンビブレ氏によれば、気候変動の影響で、いくつかの香りとそれにまつわる物語が失われつつあるという。オデウロパの研究者たちはこの課題に取り組んでおり、2023年に『香りの遺産の百科事典』の出版を予定している。また、ユネスコと協力し、香りの保護に関する規制づくりを進めている。ベンビブレ氏はヨーロッパの外にも目を向けており、過小評価されているコミュニティーの香りを保護すれば、この無形文化遺産を未来の世代につなぐことができると考えている。